大正&昭和

天皇機関説事件について調べてみた【学説上の憲法解釈に圧力を加えた事件】

定説とされていた 天皇機関説

天皇機関説事件 は1935年(昭和10年)に当時の軍国主義の風潮を反映して発生した事件のことです。

それまでは大日本帝国憲法下で天皇の位置づけを示した主流の学説でしたが、その名称や天皇を絶対視する層から不敬にあたる学説として排斥を受けることになったものでした。

天皇機関説

※美濃部達吉

天皇機関説自体は、憲法学者であった美濃部達吉(みのべたつきち)が提唱した純粋に学問上の説であり、国家の統治権は法人としての国家そのものにあり、天皇はその最上位の機関であると定義したものでした。

この学説は問題となった1935年(昭和10年)以前には凡そ30年の間、日本の憲法学上の定説と認定されていた学説でした。

元となった国家法人説

天皇機関説に相対する概念は、天皇主権説と呼ばれる学説でした。

これは天皇そのものが国家であるとし、よって国の統治権は天皇にあるとしたものです。

元々、明治維新が行われて大日本帝国憲法が発布された時点では、この天皇主権説が主流となっていました。しかし議会制民主主義が徐々に浸透した政治運用がなされた結果、その解釈では不整合を抱えることになりました。

そこで美濃部がドイツの法学者・ゲオルグ・イェリネックらが提唱した国家法人説を元にした天皇機関説を主張します。

国家法人説とは国家を法人と見做して、その統治権は国家に帰属するとした学説でした。

美濃部達吉 一身上の弁明

天皇機関説事件は、1935年(昭和10年)2月の貴族院本会議に際し、菊池武夫議員が美濃部の天皇機関説は国体に反する学説だと指摘したことがきっかけでした。

これを受けて、時の文部大臣・松田源治は天皇が国家の主体か、もしくは国家の機関なのかという論議は憲法学者に任せておくべきと答えました。また首相の岡田啓介も同しく学説の問題は学者にゆだねるという見解を示しました。

※美濃部達吉の「一身上の弁明」演説

当事者である美濃部は同年の2月25日に天皇機関説の説明演説を行いました。この説明により菊池からも納得を得ることになりました。

これは美濃部達吉の一身上の弁明と呼ばれています。

去る二月十九日の本会議に於きまして、菊池男爵其他の方から私の著書のことに付きまして御発言がありましたに付き、茲に一言一身上の弁明を試むるの己むを得ざるに至りました事は、私の深く遺憾とする所であります。菊池男爵は昨年六十五議会に於きましても、私の著書の事を挙げられまして、斯の如き思想を懐いて居る者は文官高等試験委員から追払ふが宜いと云ふ様な激しい言葉を以て非難せられたのであります。今議会に於きまして再び私の著書を挙げられまして、明白な反逆的思想であると云はれ、謀反人であると云はれました。又学匪であるとまで断言されたのであります。※一部引用 

一身上の弁明の全文はこちらのサイトが見やすいです → こちら

しかしあくまで天皇の地位を絶対視する軍部の皇道派を中心とした勢力は、これを政争に利用して強制的に説の違憲性を認めさせると、支持勢力の排斥を進めました。

天皇機関説の排斥

軍部からの圧力に屈した政府は、統治権の主体は天皇にあることを認めて公に天皇機関説を封殺しました。

天皇機関説

※美濃部の貴族院議員辞職願

美濃部本人も不敬罪での告発を受け、結果は起訴猶予となったものの貴族院議員を辞職に追い込まれました。

さらに文部省は、天皇機関説は西洋の思想をそのまま受け入れたものであり、機関説の問題はその影響下の一部知識人の言説に根源があると指摘するに至りました。

新憲法の制定

日本の敗戦で第二次世界大戦が集結すると、美濃部は天皇機関説に基づいた解釈を行うことで議会制民主主義は実現できると考え、新憲法の制定には反対していました。

これにはGHQは日本国に対する改正を行う権限は有しないとする理解の元、美濃部は新憲法に対して懐疑的な立場を取り、国民主権を根本に置いた憲法は「国体の変更」にあたるとして反発しました。

しかしGHQの指令によって国民に主権があるとした日本国憲法が発布されたことで、天皇機関説は学説としての存在を失うことになりました。

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