幕末明治

黄禍論 〜日本人は世界に恐れられていた?【黄色人種脅威論】

黄禍論 の勃興

※「黄禍」を世界に知らしめた寓意画”ヨーロッパの諸国民よ、諸君らの最も神聖な宝を守れ”

黄禍論」(おうかろん)は1800年代の中盤から主に欧米の白人諸国において唱えられた、アジア人の脅威論です。

これは経済、社会、軍事、生物学など多岐に渡って黄色人種の脅威を訴えたもので、一種の煽動論と言えます。

この「黄禍論」が広く流布されるきっかけとなったのが、上の画像のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世による「ヨーロッパの人々よその聖なる領地を守り抜け」と名付けられた壁画です。

この壁画は、ヨーロッパ諸国を象徴した乙女らが、東方にある邪悪な魔物と対峙している様子を描写したものとなっており、当然ヨーロッパ=善、東方=悪=黄色人種を表すものとして描かれていました。

これは日清戦争に勝利を収めた日本に対し、ロシア・ドイツ・フランスが行った三国干渉を正当化しようと企図したものでしたが、続いて日露戦争でも日本が勝利を収めたことで、欧米全体に広がることになりました。

ドイツとアメリカ

※ヴィルヘルム2世

ヴィルヘルム2世は、親密な関係にあったロシアのニコライ2世を援護しようと、日本がいかにも国際的な脅威であるかのような言説を新聞などのマスコミに発表し、ロシアの同情を誘う世論喚起を狙っていました。

加えてドイツそのものが、遅れて植民地の拡張に乗り出したこともあり、先行していたイギリスやフランスとの対立や、とりわけアメリカが自国ドイツへの警戒を強くしていたことから、アメリカが警戒するべきは日本であり、白人国家は共に協力して日本を封じ込めるべきだと煽動しました。

こうした経緯でドイツがアメリカで配布した「黄禍論」のパンフレット類は実に数十種類にも及び、実際に1905年に日露戦争で日本が勝利を収めたことから、アメリカでも爆発的に広まっていくことになりました。

「黄禍論」の変遷

ヴィルヘルム2世によって広く一般に流布された「黄禍論」ですが、必ずしも単純な黄色人種への差別のみではなく、それが受け入れらえるには時代と政治的な背景が大きな影響を与えました。

当初ヴィルヘルム2世が提唱した「黄禍論」は、ヨーロッパの中においても眉唾で打算的な主張と受け取られていました。イギリスやフランスなどに比べて遅れて中国へ進出を図ったドイツが、自国に有利なアジアでの権益確保を狙っている政治的主張と解釈されて、他の諸国からは逆に風刺を生む状況すらありました。

そうした風刺の中において、当初イギリスとアメリカは日本に好意的であったものの、日露戦争を契機として日本に対する印象は悪化していきました。

特にアメリカは日本寄りに位置することで、自らの満州における見返りを期待して、日本の国債購入、ロシアとの講和の仲介などを行ったにも関わらず、得るべき権益が無かったことや、その頃急増した日本人移民を目の当たりにしたことで「黄禍論」を取り込み、排斥や敵視をはじめるに至りました。

中国人の排斥

※入国を禁じられた中国人男性を描いた1882年の政治風刺画。

そもそもアメリカにおいては、カリフォルニアがゴールドラッシュに沸いた1850年代半ばに大量の中国人移民が流入したことで、アジア人を排斥する世論が形作られていきました。安く勤勉な労働力として、中国人が大陸横断鉄道の建設に従事し、完成後も農業を始めとする労働者となって定住したからです。

1860年頃には、その人口は当時のカリフォルニアの約一割に相当する3万5000人にも達していました。

資本家には貴重な労働力となったものの、ヨーロッパ系の下層労働者らからは自らの職を奪う存在でしかなく、早くから排斥運動が起きていました。

こうして1882年には中国人排斥法が成立し、特定の民族を対象として公に移民を排斥することになったのでした。

日本人の排斥

この後、日本からの移民が増加すると先の中国人と同じ運命を辿ることとなりました。

そして1924年には「1924年移民法(排日移民法)」が成立しました。

この法律は1890年の時点でアメリカに居住していた移民の数をベースとして、その後の各国の移民数をその2%以下に制限するというもので、表向きは日本人のみを対象としたものではないものの、実質的に日本からの移民を認めないものでした。

こうした対日排斥の動きが、太平洋戦争に到る日米の対立に繋がっていきました。

 

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学生時代まではモデルガン蒐集に勤しんでいた、元ガンマニアです。
社会人になって「信長の野望」に嵌まり、すっかり戦国時代好きに。
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