江戸時代

初鰹について調べてみた【江戸時代は高級魚】

現代では高級魚といえばマグロですよね。
お正月の初競りではおよそ3億円の値がついた、なんてニュースもありました。

しかし時代が変わればなんとやら。

江戸時代にはマグロ以上に(というか当時のマグロは下級魚で別名「猫またぎ」と呼ばれるほどの扱いでした)庶民を熱狂させた魚がありました。

その魚とは初鰹

初鰹を食べるためなら女房を質屋に入れてでも・・・というくらい江戸時代の人の初鰹愛はすさまじかったのです。

ということで今回は「初鰹」について調べてみました。

何月の鰹が初鰹?

カツオ、魚偏に堅いと書いて鰹。

日本人とのつきあいは古くて「古事記」や「万葉集」の中にも「堅魚(かたうお)」という名前で登場しています。

鰹の栄養価はとても高く特に鉄分が非常に豊富です。
その他には良質のたんぱく質やビタミン類、EPA、DHAなども含んでいます。

鰹の血合いの部分にはこれらの栄養素がより含まれているのですが、血合いの部分が苦手という人も結構いるのでは?

血合いの部分特有の生臭さを消すためには鰹のお刺身やたたきを食べる時に、ニンニクやショウガ、柑橘類、意外なところでは梅干しや梅酢などを添えると食べやすくなりますよ。

そんな鰹には旬が2回あるってご存知でしょうか?

今回のテーマである初鰹と戻り鰹です。

初鰹

初鰹とは春先(3~6月頃)黒潮に乗って太平洋岸を北上する鰹のことです。
初鰹は脂が少ないのでさっぱりとした味で、鰹節に加工されるのも初鰹が多いとか。

戻り鰹

戻り鰹とは秋(9~11月頃)になると三陸沖から南下してくる鰹のことです。
初鰹に比べると脂がのっているので「トロ鰹」とも呼ばれます。

江戸時代の人はなぜ初鰹に熱狂したのか?

江戸時代の人はなぜ初鰹に熱狂したのか?

まず江戸時代は今以上に旬のもの、初ものを食べるということをとても大切にしていました。

今と違って養殖技術や輸送手段がなく冷蔵・冷凍などの保存技術もなかった江戸時代では初ものを食べることが季節を知ることであり、縁起がいいことであったからです。

しかも旬のもの・初ものにはその時期に体に必要とされる成分が豊富に含まれています。
体調を整えるという意味でも旬のもの・初ものを食べることは重要なことだったのです。

中でも初鰹は「勝男」とみなされ大変縁起のいい食べ物でした。

通常初ものを食べると75日伸びるとされた寿命が、初鰹の場合は10倍の750日も伸びるとされていたほどです。

それと江戸の人々がなによりも大切にした「粋」。
初鰹を食べることが「粋」であり食べられなければ「無粋な奴」となったわけです。

初鰹のお値段

さて「女房を質に入れても初鰹」なんて川柳が流行った江戸時代。

それとは別に「まな板に小判一枚初鰹」というのもありまして、一体どれほど初鰹を食べることに情熱を燃やしていたのだ、と思う次第です。

またこれ以外にも有名な「目には青葉山ほととぎす初鰹」という句や、あの松尾芭蕉も「鎌倉を生きて出でけむ初鰹」と詠むなどまさに初鰹は旬の最重要キーワードだったようです。

ちなみに江戸時代の1両は現在の価値にするといかほどだったのでしょうか?

江戸時代は長いですからね、その時々によって物価や生活レベルも随分と違うためになかなか難しいところなのですが平均すると1両=10万円~15万円ほどになるようです。

初鰹のお値段はサイズにもよりけりですがだいたい1本が2~3両したといいますから、今の感覚だと30~40万円くらいといったところですね。

江戸時代の後期で庶民の年収は20~30両と考えられていますのでそのうちの2~3両を初鰹1本に投資するってなかなかの勇気というか無茶。

よほどのお大尽でもない限り初鰹は庶民にとって高嶺の花であったことには間違いないようです。

明日からどんなに生活が苦しくなったって今日初鰹を食べるのが粋ってものよ」とかなんとか言い合っていたのでしょうね。

江戸時代の初鰹の食べ方

運よく初鰹を手に入れた人はどのようにして食べていたのでしょうか?

実は江戸時代にはすでに鰹はお刺身で食べられていました。
当時の薬味は芥子(芥子)、大根おろし、ミョウガが使われていたようで今とほとんど食べ方は同じですね。

お酒を飲まない人や女性にはお刺身よりも煮つけが人気だったようです。

まとめ

今回は初鰹について調べてみました。

いやそれにしても江戸時代の人の初鰹愛の強いこと。

粋、でしたねぇ。


土佐鰹のたたき(初鰹・赤身)約400g 大人4~5人前

kechako

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時代劇と園芸と保存食作りを愛するご隠居様予備軍のkechakoです。
最後の晩餐は「梅干しおにぎり」と決めております。

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