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自由の女神はいつどうやって作られたのか【フリーメイソンの絆】

19世紀の後半。

ヨーロッパからアメリカ大陸への航路が栄え、大型の蒸気客船が大西洋を渡っていた時代。新大陸での成功を夢見る移民たちが、船上から最初に見る「アメリカ」は自由の女神であった。

自由と民主主義の象徴「自由の女神 (Statue of Liberty)」

その姿は、アメリカの偉大さを移民者たちの目に強く印象付けたという。

アメリカとフランスの友情のために

自由の女神

国ではなく「13植民地」と呼ばれていた1775年、アメリカ大陸の植民地軍は、イギリス本国との独立戦争に突入する。そこで植民地軍を支援したのがフランスであり、1776年7月4日に「アメリカ独立宣言」が採択された。

それから100年。

アメリカが独立して100周年を迎えるにあたり、当時、独立運動を支援したフランスでは、世代を超えてもその思いは消えてはいなかった。さらに時代は南北戦争後の混乱期である。この苦難に対し、フランスの法学者であり歴史家でもある「エドゥアール・ド・ラブライエ」は、両国の友情の証として自由の女神像を寄進する構想を練っていた。1865年のことである。

そして、資金集めのために寄付を呼びかけ、設計も同時に行われた。寄付が集まる前から設計を始めているあたりにラブライエの強い思いが伺える。

パリ万博に展示された頭部

1874年、フレデリク・バルトルディに設計を依頼、後にエッフェル塔の設計者として有名になる「ギュスターブ・エッフェル」もこれに関わっている。像のモデルには、フランスの画家・ウジェーヌ・ドラクロワの代表作でもある「民衆を導く自由の女神」とバルトルディの母親の姿を合わせたものとなった。

まずは完成した頭部だけを1878年の「パリ万国博覧会」に展示して、寄付金集めのためにアピールした。万博での効果は絶大で、頭部に昇るためだけに行列が出来たという。他にも宝くじの発行などにより、約40万ドルの寄付金を集めることに成功。

1884年にはパリで仮組みが行われ、その後は214のパーツに分解されてフランス海軍の輸送船で大西洋を渡ったのである。

自由の女神
※パリ万博で展示された頭部

リバティ島

自由の女神像が設置されるニューヨークのリバティ島は、20世紀前半まではベドロー島と呼ばれていた。ヨーロッパからの入植者たちがハドソン川河口にやってきた17世紀には、ニューヨーク湾西部には干潟があった。満ち潮になっても沈まない島のなかでリバティ島は「グレート・オイスター島」とも呼ばれるほど、豊富な牡蠣が獲れたのである。

1800年には、リバティ島、エリス島、ガバナーズ島をニューヨーク州議会が連邦政府に譲渡し、リバティ島は11角の星型の城壁が建設されて軍事要塞として使用された。この星型要塞が、後に自由の女神像の基礎として利用されることになったのだ。

自由の女神
※リバティ島。星型の基礎がよく分かる。

要塞の上に設ける台座部分もまた寄付により賄われたものだった。その建設資金は「ニューヨーク・ワールド」紙社主ジョセフ・ピューリッツァが、キャンペーンによりアメリカ国民からの寄付を募ったのである。

自由の女神 除幕式

1886年10月28日、生憎の雨の中、グロバー・クリーブランド大統領をはじめ100万人以上の観客に見守られながら、設計者のバルトルディにより顔にかけられていたフランス国旗が降ろされる。

完成した銅像は、頭までの高さ約34m、台座からトーチまでの高さが約46m、台座の高さは47m、そして、台座と像を合わせると93mという圧巻のものだった。ちなみに総重量は225トンにもなる。1967年、ロシアのヴォルゴグラードに建てられたコンクリート製の「母なる祖国像」が87mであり、それと比較してもいかに大きいかが分かる。


※ロシアのヴォルゴグラード(旧スターリングラード)に建造された母なる祖国像

純金でコーティングされた炎を擁するトーチは右手で大きく掲げられ、左手には独立記念日である「1776年7月4日」をローマ数字で刻印した独立宣言の書を抱えている。足元の引きちぎられた鎖と足枷は、すべての弾圧、抑圧からの解放と、人類の平等を表している。その冠にある7つの突起は「7大陸」と「七つの海に自由が広がる」ことを意味していた。

フリーメイソンの絆

自由の女神像はフランス国民とアメリカ国民の友情の証だが、同時に両国のフリーメイソンの絆の証でもある。世界的に名高い友愛結社「フリーメイソン」は世界各地に支部があり、像の下に設置された石版にはフリーメイソンのシンボルである「定規・コンパス・Gの文字」を組み合わせたマークが刻まれている。設計者のバルトルディもフリーメイソンのメンバーであったという。

自由の女神

さらに、台座の記念盤には明らかにフリーメイソンが関与していたことが分かる文言も刻まれていた。

この地にて1884年8月5日、「世界を照らす自由の女神」の像の台座の礎石は、ニューヨーク州メイソン団のグランド・マスター、ウィリアム・A・ブロディーによる式典とともに設置された。

グランド・ロッジの構成員ら、合衆国およびフランスの政府の代表ら、陸軍および
海軍の将校ら、諸外国の使節団の構成員ら、ならびに名高い市民らが参列した。この銘盤は、かの歴史的事件の第100周年を記念してニューヨークのメイソン団により捧げられる。
(wikipediaより引用)

そして、1984年にはユネスコの世界文化遺産に登録されたのである。

最後に

19世紀の移民者たちにとって、自由の女神は「希望の象徴」だった。しかし、その姿を見れたからといって、すんなりと移住できたわけではない。ニューヨーク湾のエリス島にはかつてアメリカ合衆国移民局が置かれており、ここで移民の合否が審査されたのである。しかし、現在では移民局も閉鎖され、自由の女神だけが当時と変わらず、アメリカを訪れる人々を迎え入れてくれる。

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