『不食』『闘わない弁護士』の秋山佳胤さんのお茶会に参加してきた

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10月5日、私のチャネリングの先生である伊藤千恵さんにお誘いいただき、秋山佳胤さんのお茶会に参加させていただいてきました。

秋山佳胤

秋山さんは6年間、 水も食べ物も摂取せず、プラーナ(気、エネルギー)で生きてらっしゃる「不食」で有名な方であり、調和の在り方で「闘わない弁護士」としてもご活躍されている方です。


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数年前に千恵さんから秋山さんの存在を教えていただき、いつかお会いできるタイミングが来たらいいなと思っていたので今回お会いできて、とても嬉しかったです。

というのも。

最近、たまたまパートナーが「不食」に興味を持ち出していたのです。

私も子どもの頃から、できることなら「食べないで生きていきたい」と思っていたほうだったので、これから一緒に生活をしていくあたり、食に関していろいろと話していたところでした。

(すぐに不食にはならないし、チャレンジもしないよ。断食失敗の経験もあるし^^
そうなる必要があるのであれば、勝手にそうなっていくのだと思う。でも、すでにふたりとも一日一食とか一食半になっていて、いろいろ調子が良くなっていたりします)

しかも、当日は秋山さんのお誕生日。
そして、私の母の誕生日でもあり、いろいろなシンクロに目を白黒。

おふたりの参加者さんが、無添加のチョコレートと秋の味覚満載のケーキを振る舞ってくださり、秋山さんが一粒一粒のコーヒー豆と対話をしながら焙煎して淹れてくださったというブラックコーヒーもいただきながら、秋山さんのお誕生日を、みなさんとお祝いしました。

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Chieさんというアーティストさんが描かれ、秋山さんにプレゼントされたという「聖杯」というタイトルの絵も紹介してくださったのだけど、額を手にしているだけで、カラダがジワジワと熱くなってくる(実際にけっこうな汗をかいた)、繊細で微細で、だけどダイナミックなエネルギーを感じました。

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今回、秋山さんのお話をいろいろとうかがって私が受け取ったのは「大切なのは、在り方である」ということでした。

うまく言葉にならないのだけど、秋山さんという存在自体が感謝と愛の塊でできたような方で、「自分の最高バージョンを生きていると、このような人になるのだ(というか、戻っていく?)」ということを目の当たりにした感覚がしました。

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この前日やお茶会のあとに、パートナーとのあいだでプロセスが起こり少し混乱していたので、自分なりにワークしていたのだけど、秋山さんの在り方を拝見したおかげか、

やることはパートナーの存在自体に感謝をするだけで、あとはお互いの心や状況のなかで起こったことをシェアしてコミュニュケーションを取って繋がるだけだなと思いました。
そうしたら、パートナーとも難なく繋がることができました。

秋分の日以降につづいていたカオス状態から抜けて、気づいたら、すっかり真空状態に。

欲望や思考がわいてくる前に、出来事が起こってそれを受け入れたり、やることを自然とやっていたりして、とてもラクちんな状態です。

空っぽになっている自分を楽しんでいる感じもあります。

千恵さんが私のことを秋山さんにご紹介くださったときに
「彼女はとてもおもしろくて、さまざまな波動を体験していて、地獄に入ってそこから反転した人」
と言ってくださったのだけど、秋山さんも壮絶な地獄に入り、そこから大きく反転し、現在があるのだそうです。

そのご様子が

食べない人たち ビヨンド (不食実践家3人の「その後」)

食べない人たち ビヨンド (不食実践家3人の「その後」)

というご著書に書かれているそうなので、読んでみたいと思います。

また、「闘わない弁護士」という在り方は、
『誰とも争わない生き方 人生にも魂にも善悪はない』

誰とも争わない生き方 人生にも魂にも善悪はない

誰とも争わない生き方 人生にも魂にも善悪はない

というご著書に書かれているそうです。

私も読んでみたいと思います^^

『食べない人たち』の第一弾。

食べない人たち (「不食」が人を健康にする)

食べない人たち (「不食」が人を健康にする)


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