世の中で使い古されているこの言葉。
「自分が変われば、すべてが変わる」
わかってる、わかっているのにできない…。
「自分が変わりさえすれば、パートナーシップも仕事も自然とうまくいきます」
わかってる、でも、できない。
わかっていながら変われない、身動きがとれない。
無力な自分が情けなくて悔しい。
恋人や家族や仕事の取引先に傷つけられては、相手への怒りや憎しみから抜け出せない。
自分とは違う、新しく華やかな世界で活躍している友だちに羨望や嫉妬が湧き、劣等感や無価値感から抜け出せない。
理不尽な社会システムに憤る。
胸や喉、お腹のあたりにいつもある閉塞感や不快感、不安感、焦燥感がなかなか消えない。
次から次へとやってくる体調不良。
ひとつ治癒しても時間が経つと、また別の症状に見舞われる。
幼い頃からの不定愁訴、思春期からの過敏性大腸症候群にパニック症、断食失敗による低血糖に自殺念慮、3.11直前に突然、始まった慢性頭痛。
パニック発症後に通院したクリニックで処方された抗不安剤は、その場しのぎでしかないことが最初から分かっていたし、その通りだった。(あくまでも私独自の体験です)
「根本治療をしたい」と訴えても医師からは「規則正しい食生活と運動を」としか言われない。
それができないから苦しいのに。
「規則正しい生活を送れるように、人間として普通に生きられるようになりたい」だけなのに。
どうして私は「当たり前のこと」ができないのだろう。
「生きづらい……」
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長年ひとりで苦しんでいたと思いきや、2000年くらいから周りにも、ちらほらと社会不安や不定愁訴、適応障害、パニック障害、躁鬱に苛まれ苦しんでいる友人知人があらわれた。
恋愛や結婚生活、子育て、仕事にも行き詰まる友人知人もあらわれ始めた。
「これは私だけの問題ではなかったんだ…」
抗不安剤や抗鬱剤を少しずつ減薬しつつ離脱症状に苦しみながら、私は西洋医学以外の治癒方法、ネガティブループからの脱出方法を探し始めた。
漢方、代替療法、カウンセリングやセラピーやヒーリング。
少しずつ少しずつ自分自身を取り戻し、牛歩の歩みで私は回復していった。
それにつれ、興味はだんだん
「私は一体、何者なのか?」「何のために生まれてきたのか?」
という点に移っていった。
その中で「インディゴチルドレン」「レインボーチルドレン」というキーワードに出会った。
「既存の社会の枠組みに適応できず、世の中の在り方自体に疑問を感じる。敏感で正義感が強く、曲がったことや嘘が嫌い。権力への反発心が強く、独自のルールとエンパスで世の中に変化をもたらすインディゴチルドレン」
自分のことを言われているような気がした。
自分の苦しみや葛藤が「言葉」で説明されていることでホッとして救われた。
でも、救われたのは心のなかのほんの一部だけで、体調不良やネガティブ感情、ネガティブ思考、ネガティプパターンのループに振り回されて身動きが取れない状況は変わらなかった。
どうしてもパターンから抜け出せない。
「感情に振り回されるのはなぜか?」
「同じパターンを繰り返すのはなぜか?」
私はさらに模索していった。
そしてようやく、たどり着いた答えが「目覚めること」だった。
最初は思考で「目覚め」を理解した。
次第に感情やハート、魂レベルでの「目覚め」へと移行していった。
そして、ただ「目覚めること」へとたどり着いた。
目覚めていくにつれ、物心ついた頃から悩まされていた体調不良や人間関係のネガティプパターン、生きづらさのネガティブループから抜け出していた。
目覚めてみれば「そういうことだったのか…」と、ニッチなパズルの完成形を俯瞰から見るように、ちょっと拍子抜けしながらも安堵した。
「私は一体、何者なのか?」という疑問の答えも見出した。
すべては、自分がクリエイトしていたことに気がついた。
自分の「ネガティブ思考」とか「気の持ちよう」とか、自我レベルの小手先の「自分」ではなく、とてつもなく大きなパワーを持った「自分」だった。
ネガティブすらも創り出せるパワフルな「自分」。
でも自分だけれど自分ではない。
それはまるで「ドーナツの穴」の「穴」のようなものだった。
同時に、自分が幸せと豊かさの循環のなかで生かされていることにも気がついた。
私は40歳間近にして、生まれて初めて「安息の地」へと降り立ち、ようやく人生のスタートラインに立つことができた。
私は特別な存在ではありません。
特別な力を持っているわけでもありません。
ただ、「自分らしい人生を取り戻すこと」をあきらめなかっただけなのです。
この体験とプロセスを、同じように苦しみ、迷宮のなかで迷子になっている方たちに贈りたいと思っています。
私のように長い時間をかけずに、もっと簡単にラクに抜けられるように分かち合っていきたいと思っています。
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