「この世界とは、間違った知覚です」(A Course In Miraclesより)

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【GOD IS 神、在り】

『この世界とは、間違った知覚です』

目覚め

『A Course In Miracles(奇跡のコース)』のワークブック』を読んでいた。

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(シリーズは13まであります)

「この世界とは、間違った知覚です」 

何度も見てきたフレーズなのに、突然ハートに飛び込んできた。

そうだ、私が知覚しているこの世界は間違っている。

「世界」が間違えているのではなく、私の「知覚」が間違えている。

世界は、この「間違えた知覚」が何層にも織り重なって出来上がったものだ。

良いも悪いもなく、ただ「間違えた知覚」の繰り返し。

そう、私がすべて間違えていた。

私自体が間違えそのものであった。

そこに罪悪感はない。

ただ、間違えがそこにあり、そして水のなかに溶けていった。

『目覚め』は、「目の前のことを自分の小手先の力で変えることの無意味さ」を教えてくれる。

目覚めによって、人生はおのずとクリエイトされてゆく。

「目覚め」には、さまざまな段階と領域がある。

何度でも目覚め、どの領域でもあますことなく目覚めていく必要がある。

それは、「自分」というものが捉えた「知覚」の数と「領域」の数だけ存在する。

目覚めるということは、知覚の間違えがあったことを認めるということだ。

目覚め続けるということは、知覚が間違えているということを認め続けるということ。

そう気付いたとき、【GOD IS 神、在り】が、ポーンと入ってきた。

すべてと繋がっている感覚。

すべてが自分であり、自分ではないという感覚。

光も闇もない、光の世界。

何度も体験しているこの感覚。

なつかしく、馴染み深い、そして確信に満ちたこの感覚。

ここにいると、もう二度と何も判断することはなく、愛そのものであり続けられるような気がしてくる。

同時に、そこからまた落ちていくことも知っている。

ふと「これはいつまで続くのだろう?」と思った。

また眠りに落ちるのが怖くなった。

それでも、またここに戻ってこられることを知っている。

「目覚め」にしがみつくのをやめて、お風呂を出た。

部屋には、飲みに出かけていたパートナーが帰宅していた。

どうやら相当お酒に酔っている。

普段ほとんどお酒を飲まない彼にしてはとても珍しい現象だ。

「頭が痛い…」と呻いている。

何を話してもとんちんかんな答えしか返ってこない。

言動がバラバラで会話にならない。

鼻をつくような強烈なアルコールの匂い。

とてもイヤな気持ちがしてきた。

そういえば、私はお酒が飲めないのもあって「酔っ払い」が好きではなかったことを思い出した。

「お酒の席」は好きだけれど、「我を忘れるほどの酔っ払い」は受けつけない。

家族も今まで付き合ってきた恋人たちも、「我を忘れるほどの酔っ払い」になることは、ほとんどなかった。

パートナーもこのような状態になるのは、半年に一度、あるかないかだ。

「我を忘れるほどの酔っ払い」とは、酔いつぶれていたり体調不良になっている友人を介抱する以外は距離を置いてきた。

「我を忘れるほどの酔っ払い」との会話やコミュニケーションに、意味はない。

「我を忘れるほどの酔っ払い」とコミュニケーションをとっているヒマは私にはない。

「我を忘れるほどの酔っ払いは、嫌い」

そう思ったら、私もどんどん頭痛がしてきた。

そして、気持ち悪くなってきた。

彼の「酔い」をすっかり吸収してしまった。

お風呂での【GOD IS】は、跡形もなく消えていってしまった。

そして、「我を忘れるほどの酔っ払いは、嫌い」と感じる「私」が強く戻ってきた。

「我(本質)を忘れるほど酔っ払う(眠る)自分のことを、私は心底嫌い、憎んでいる」のだと思った。

「間違えた知覚」によってこしらえた「世界」にいる「我(真我)を忘れるほど酔っ払う(眠る)自分」を許す必要がありそうだ。

「嫌だと感じることも嫌だ、できれば避けたい」とも感じている。

パートナーは、いつでも自分の鏡となる。

「この世界とは、間違った知覚です」

今、このフレーズを読んでも、何も感じない。

今の私には何のことなのか、さっぱりわからない。

だから、また何度でも「目覚める」ことを繰り返していくのだ。

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