他者を赦せないということは、自分を赦していないということ

シェアする

紀野真衣子ちゃん小路みゆきさんと、イベントの打ち合わせをしていてですね。

私には「どうしても相容れない界隈の人たち」というのがいて、その原因が、その人たちが「赦し」をしているかいないかにあることがわかって何年ぶりかに便秘解消みたいな気分になりました。

お互いのあいだに「赦し」がない人間関係は、成り立っているようでまったく成り立っていなくて。

いつ裏切るか裏切られるかみたいな不信に常にさらされているのに見て見ぬフリをして関係を続けているその欺瞞が私は許せないから、その界隈の人たちと合わないのだとわかったのですが。

私自身がその界隈の人たちのことを許せはしても(物理的精神的距離を置く)、赦せていない(欺瞞を受け入れられない)から、彼らへの判断や批判が生まれているわけで、ようするに私も「赦し」ができていない同じ穴のムジナだったのです。

つまり、「自分自身を赦せていない」ということです。

これ重要ポイント!

ここから「自分の神聖さとの再会」「自分との結婚」のプロセスがはじまるし、自分自身がラクに楽しく幸せに生きるために、彼らを赦すというプロセスを体験するために、彼らを裁くという事象を起こしているといえるのです。

私にとって、赦しを体験するために欺瞞でいっぱいの彼らの存在が必要だったのです。

大げさにいうと、キリストが一回死んで生き返る(本質的には死は存在しない)という奇跡を人々にみせるために、ユダに裏切っていただく必要があった、みたいな感じ。

最後の晩餐

俯瞰でみると、キリストが「奇跡のしごと」をするためにはユダに絶対に悪者になってもらわなくてはならなかった。

(キリストがそうさせたとかいうことではなくて、そういうことが「全体として起こった」と私はとらえています)

そうとらえると、世界の色がとたんに変わります。

私は彼らに好かれてはならなかったし嫌われる必要があった。

私が「赦し」というものを知るために。

人に嫌われるって、ギフトなのだと気づいた瞬間でした。

それと同じように「人を嫌う」ということも、「赦し」というものを知るために必要だし、ギフトなのだと思うのです。

みゆきさん
「私のPC、ゆるしで変換すると『緩し』って出る。緩めることが大事なのね〜」

真衣子ちゃん
「でも他者をゆるそうとはしなくていいとおもうよ~。他者をゆるせない自分をゆるしていない状態がいちばんしんどいんじゃないかな」

そうそう。

段階として「他人を赦せない自分を赦す」ことが超大事なんだけど、わりとそこに安住しちゃって逆に苦しんでいる人が多い印象もありますね。

ちゃんとがっつり「他人を赦せない自分を赦す」をやると、勝手に自然と「他人を赦す」が起こってくる。

起こらないということは自分への赦しがまだぬるいということなんじゃないかと思うのです。

ようするに、他者や世の中への批判が多い人というのは、前提として自分を無自覚に責めているということだから、一刻も早く自分を赦すことにエネルギーを使ったほうがいいですね。

じゃあ「自分を赦す」って、なんだろう、
どうしたらいいんだろう。

それが「自分の神聖さとの再会」によって成されるものなのだと思うのです。

7/31(月)20時

紀野真衣子♡小路みゆき♡新井桜奈

『自分の神聖さとの再会』オンライントークイベント概要〜
https://kusanomido.com/sakurana/post-3882/

時間: 7/31(月)20時〜22時終了予定

場所: 各自、居心地のよい場所で

ツール: Zoomにてオンライン

PC、Mac、Linux、iOS、Androidからご参加いただけます。

Zoomについての詳細 

https://kusanomido.com/sakurana/post-3907/

インストールは無料です。

料金:

リアルタイム参加 ¥12,000  

音声データ購入 ¥9,000 

(リアルタイム参加の方へは、音声データ、無料でお送りします)

開始前、終了後、タロットヒーリング付き 

(事前銀行振込になります。お振込後のキャンセルによるご返金はいたしかねますので、ご了承ください)

お申し込み、お問い合わせはコチラへ
  ↓
https://ssl.form-mailer.jp/fms/d0a2e54d522009

スポンサーリンク