小早川隆景

  1. 毛利両川の一人・小早川隆景について調べてみた

    小早川隆景の生い立ち小早川隆景(こばやかわたかかげ)は、天文2年(1533年)に戦国大名・毛利元就の三男として生まれました。小早川の名は、竹原小早川家の養子となったことから名乗ったものですが、この家は分家の小早川家でした。天文…

  2. 毛利氏 ―安芸の国人から中国地方統一まで―

    はじめに※紙本著色毛利元就像ここでは、戦国大名毛利元就について取り上げる。毛利元…

おすすめ記事

浅井家の軍師・遠藤直経【信長の暗殺を2度計った知勇兼備の謀将】

遠藤直経とは遠藤直経(えんどうなおつね)は近江の浅井長政(あざいながまさ)の軍師を務めた謀略…

鎌倉は「源氏の街」?かつて鎌倉を治めていた坂東平氏・鎌倉一族の歴史を紹介

鎌倉に棲んでいると、たまに「鎌倉は源氏の街(?)」という声を耳にします。かつて鎌倉から武士の…

『英国の天才詩人』バイロンが人生を狂わせた理由とは 〜異母姉との禁断の恋

あの文豪ゲーテが「われわれの時代における最も偉大な天才」と称賛したと伝えられるイギリスの詩人…

「三国志」は中国では意外と人気がなかった 【中国で人気の武将とは】

中国史に高い関心を持つ日本人は多い。特に、三国志に関してはプレイステーション2時代に…

【未解決事件】消えた風船おじさん 〜太平洋横断を夢見た「ファンタジー号事件」とは

幼い頃、ふわふわと宙に浮かぶ風船で空を飛んでみたいと考えたことがある人は、決して少なくはない…

諏訪の浮き城・高島城に行ってみた 「家康の6男・松平忠輝が晩年を過ごした城」

高島城とは高島城は「長野県諏訪市高島1-20-1」にある連郭式平城で、1592年に織田信…

『古代中国』夫婦の寝室に侍女がいた理由とは?~ただの世話係じゃなかった

夫婦の寝室に侍女 奇妙な風習の理由現代の感覚では理解しがたいが、古代の中国において、夫婦…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP