「内助の功」と強運山内一豊(やまうちかつとよ)は織田信長・豊臣秀吉・徳川家康に仕えた武将で、正室・見性院の「内助の功」がつとに知られた人物です。その見性院の機転もあり、最終的には土佐一国を領する大名となった一豊ですが、そこに至る…
トップページに戻る
上村松園(うえむらしょうえん : 1845~1949)とは、日本を代表する女流画家である。“…
古来「袖振り合うも他生の縁」と言う通り、人間どんなことからご縁があるか分からないもの。特に昔…
1.はじめにこの楽器は「平家琵琶」という。文字通り「平家物語」を語るためにだけ存在す…
ドラマ『ブギウギ』では、仕事をしながら手のかかる乳幼児を一人でひたむきに育てているスズ子の様子が描か…
矢作橋の少年と野盗の頭目秀吉の出世物語には、このような場面があります。まだ日吉丸と名…
1200年以上前の奈良時代、恋心を同じ男性に向けて歌を詠み続けたひとりの女性がいました。…
2025年は巳年である。「巳」とは、言うまでもなくヘビを指す。ヘビは四肢を持たない独特の姿や…
Copyright © 草の実堂 All rights reserved.