備中松山城(岡山県高梁市)は、標高480mの臥牛山(がぎゅうざん)の懐深く曲輪群を形成する。そして二層天守の白と黒のコントラストが木々の緑に鮮やかに浮き立つ。天守は江戸後期の築城だが、戦国期、すでに臥牛山の4つの峰々は要塞化されていた。…
トップページに戻る
毎日酷暑が続きますね。自分は昼間は鉄工所で働いていたりするのですが、この夏の猛暑の中…
フードフェスだけではなく、音楽フェスなどの野外フェスで必ずお世話になるといってもいいのがキッ…
現在、神社の数は、全国でおよそ8万8,000社以上に上るといわれる。これは、日本人の多くが信…
「ビスクドール」とは、素焼きの磁器製の人形のことである。「ビスク」とはフランス語の「ビスキュイ」を語…
古代のファッション文化は、今でも受け継がれているものが多い。今回は西洋文明の発信地である、古…
日清戦争の終結後、台湾は日本の植民地として編入された。しかし、当時の台湾は「アヘン(ケシの実…
端午の節句とはなにか端午(たんご)の節句とは、5月5日に行われる年中行事の1つで、五月最初の…
Copyright © 草の実堂 All rights reserved.