備中松山城(岡山県高梁市)は、標高480mの臥牛山(がぎゅうざん)の懐深く曲輪群を形成する。そして二層天守の白と黒のコントラストが木々の緑に鮮やかに浮き立つ。天守は江戸後期の築城だが、戦国期、すでに臥牛山の4つの峰々は要塞化されていた。…
トップページに戻る
―本能寺の変以降の織田氏―1. はじめに「戦国大名としての織田氏(1)―…
江戸時代、加賀百万石の大名として栄えたのが前田家である。その礎を築いたのは戦国大名「前田利家…
横浜(神奈川県横浜市)の三大名所と言えば、みなとみらい(&赤レンガ)と山下公園、そして中華街でしょう…
皆さん、血液型診断って信じますか?「科学的な根拠がない」ということは、今では誰もが知っている…
現存する世界最古の国とされる日本には、古事記に登場する神々以外にも様々な神が各地の神社で祀ら…
現在、日本のどこの食卓にもあるであろうマヨネーズ。「マヨラー」という言葉が生まれるほ…
三代目鎌倉殿・源実朝(みなもとのさねとも)は、母・北条政子や叔父・北条義時に隠れた大人しい存在で、京…
Copyright © 草の実堂 All rights reserved.