家康から名前を間違えられた男母里友信(もりとものぶ)は、黒田孝高(官兵衛)・長政の父子に仕えた武将です。父は播磨の国人、曽我一信で、小寺氏に仕えていましたが、孝高が小寺家の重臣になったことで、黒田に仕える武士となったよう…
家宝の名槍・日本号福島正則(ふくしま まさのり)と言えば、加藤清正と並んで豊臣秀吉の子飼…
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最近、メディアも取り上げるようになったネット上の「デマ」や「フェイクニュース」。それをうかつ…
テレビ時代劇の金字塔とも言われる『鬼平犯科帳』。1969年(昭和44年)から2016年(平成…
※千姫姿絵(弘経寺蔵)徳川秀忠の長女千姫は、わずか6歳で大坂城の豊臣秀頼に輿入れし、大坂冬の…
「賽は投げられた」(alea iacta est)、「来た、見た、勝った」(veni, vidi, …
今回は、本能寺の変にて死亡した織田信長の遺体の逸話について触れていきたい。時代検証が…
NHK大河ドラマ「光る君へ」皆さんも楽しんでいますか?第43回放送「輝きののちに」では、ヒロ…
日本では古来より、幾つもの戦いが繰り広げられてきた。当然武器も様々なものが使われ、進…
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