時は元久2年(1205年)閏7月20日、北条義時(ほうじょう よしとき)は父・北条時政(ときまさ)を鎌倉より追放。後妻・牧の方(まきのかた)に唆されて将軍・源実朝(みなもとの さねとも。頼朝の遺児)を暗殺せんと謀っていた疑いによるも…
トップページに戻る
古代史は謎に満ちている。というよりも謎だらけといってもいい。その中で最大級のものとして今も人…
「それはな、お瀬名殿。そなたがもう女子(おなご)として、終いということじゃ」「子を産まなくなった…
後藤又兵衛とは大阪冬・夏の陣に真田幸村(信繁)らと共に大阪城五人衆の一人として活躍したのが 後藤…
日米関税交渉が一つの区切りを迎えた。赤澤亮正経済再生担当大臣がトランプ大統領との度重なる協議…
古代人は退屈だった?現代人はスマホやタブレットに依存している。どこに行ってもこれらのデバ…
昔から「金持ち喧嘩せず」などと言う通り、実力がある者ほどつまらぬことで諍いは起こさず、周囲もまたその…
はじめに100年以上も続いた戦国時代。徳川家康はその最終的な覇者となった。家康は、子…
Copyright © 草の実堂 All rights reserved.