時は元久2年(1205年)閏7月20日、北条義時(ほうじょう よしとき)は父・北条時政(ときまさ)を鎌倉より追放。後妻・牧の方(まきのかた)に唆されて将軍・源実朝(みなもとの さねとも。頼朝の遺児)を暗殺せんと謀っていた疑いによるも…
トップページに戻る
1810年7月19日、国民から絶大な人気を誇りながら34歳の若さでこの世を去った、プロイセン…
江戸時代、遊廓で働く遊女たちは、妊娠や中絶という問題にどう向き合っていたのでしょうか。今回は…
札で決まる一夜17世紀半ば、明を滅ぼして中国を支配した満洲族の王朝、清朝。その後…
ある金持ちの男は、青い髭を生やしたその風貌から「青髭」と呼ばれ、周囲に恐れられていた。貧乏貴…
日本三大怨霊と呼ばれる三人が、「菅原道真」「崇徳天皇」「平将門」である。なかでも、平将門(た…
マドゥーロ大統領がアメリカ軍による軍事作戦で拘束され、政権の空白が生じる中、ベネズエラ最高裁…
古代ローマは、時代ごとに国の形態が変わっている。紀元前509年〜紀元前27年は共和制…
Copyright © 草の実堂 All rights reserved.