ルブラン夫人

  1. ルブラン夫人 ~18世紀に最も成功したマリーアントワネットの宮廷画家

    ルブラン夫人 (1755年~1842年)は、フランスの画家。本名はエリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン。パリに生まれ、王妃マリー・アントワネットの肖像画を多く描いたことで知られる、18世紀のもっとも有名な女性画…

おすすめ記事

明治天皇が飲んだことで広まった?嫌われていた牛乳がなぜ日本に普及したのか

牛乳が広く飲まれるようになったのは明治時代になってからであり、江戸時代には庶民が牛乳を飲む習慣はあり…

【大正時代の色男】 竹久夢二と3人の美女 ~愛と芸術が織りなす大正ロマン

竹久夢二(たけひさ ゆめじ : 1884年9月16日 - 1934年9月1日)は、日本の大正…

豊臣秀長について調べてみた【豊臣政権を支えたナンバー2】

豊臣秀吉の片腕、豊臣秀長血縁関係というものは時に残酷で時に頼もしくもある。特に戦国時代は後継…

ローマ時代の食卓 ~テーブルコーディネートの紀元について

美食スタイルの紀元はローマはじめてテーブルコーディネートを学んだ時に、テーブルコーディネーターの…

「神君伊賀越え」のピンチに徳川家康が貪り食ったものとは 【どうする家康】

昔から「腹が減っては戦ができぬ」と言いますが、戦に限らず何をするにも、腹が減っていると力も気合いも入…

豊臣兄弟を世に送り出した母・なか(大政所)ってどんな人?

豊臣秀吉と秀長。戦国の頂点へ駆け上がった兄と、その陰で政権を支え続けた弟。その2人を結びつけ…

『豊臣兄弟!』ゆかりの地。寧々(ねね)と秀吉の面影を訪ねて高台寺周辺を歩いてきた

秀長とともに、秀吉の補佐役を務めた寧々北政所(きたのまんどころ)・寧々(ねね)は、天下統…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP