太田牛一

  1. 織田信長は本当に「人間五十年」と謡(うた)ったのか

    はじめに信長は、快く湯漬を喰べ終ってから、その勝栗を二つ三つ掌に移して、ぼりぼり喰べ、 「馳走であった。……さい。あの小鼓をこれへよこせ」  鳴海潟とよぶ信長が秘蔵の小鼓であった。さいの手からそれを取ると、信長はそれを肩に当…

おすすめ記事

『虎に翼』 デートにも新婚旅行にも同行した華族令嬢の「お付き」とは

朝ドラ『虎に翼』で、元華族の涼子さまが「日傘からお弁当のふたを開けるまで、玉には世話になった」と言っ…

島津義久 〜それぞれ優秀な弟たちを束ねた島津4兄弟の長兄

島津4兄弟の長兄島津義久(しまづよしひさ)は島津氏の代16代当主を務め、同氏の最大版図を…

『中国史』女性囚人の護送が、なぜ下役人に大人気だったのか?

なぜ「地獄の任務」が取り合いになったのか?寒風吹きすさぶ山あいの古道。雪に覆われたその細…

聚楽第落首事件 「秀吉批判の落書きで関係ない町民まで皆殺し」豊臣崩壊の前兆か

秀吉を批判した落書き天正17年(1589年)2月25日、関白・豊臣秀吉が政庁兼邸宅として…

【チョコレートの知られざる歴史】飲むことを禁じた司教の衝撃的な最期

大人から子どもまで、広く口にされ愛されるチョコレート。これほどポピュラーな食べ物にも…

荒木又右衛門 【日本三大仇討ちの一つ、鍵屋の辻の決闘で名を馳せた柳生新陰流の剣豪】

荒木又右衛門とは荒木 又右衛門(あらき またえもん)とは、柳生宗矩・柳生十兵衛親子から新…

古代文明が誕生した意外な条件とは? 「砂漠が増えたことで文明が発展した」

古代文明はなぜ発生したのか世界古代文明がそれぞれ離れた場所で、同時多発的に発生した理由として「あ…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP