徳川秀忠

  1. 家康の嫡男・徳川秀忠。「秀」と「忠」はそれぞれ誰から貰ったの?【どうする家康】

    関ヶ原に遅れてきた二代将軍徳川秀忠 とくがわ・ひでただ[森崎ウィン もりさきうぃん]幼名・長丸(ちょうまる)。家康と於愛の間に生まれ、信康亡きあと、両親のもとで嫡男として大切に育てられる。母に似て大らかで、明朗快活な…

  2. 阿茶局(あちゃのつぼね)【家康が一番頼りにした女性】

    阿茶局とは徳川家康には20人ほどの側室がいたが、その中でも一番信頼を得て側室でありながら…

  3. 春日局について調べてみた「逆賊の娘から権力の頂点へ!」

    春日局は江戸時代の女性だが、その名を知るものは多い。徳川2代将軍・徳川秀忠の子である竹千代の…

  4. 徳川秀忠【徳川2代目将軍】―意外に実力者だった―

    ここでは、1605年から江戸幕府2代目将軍になった徳川秀忠について取り上げる。まず、…

おすすめ記事

わかりにくい応仁の乱の全体像【政治制度が変わった】

応仁元年1月に細川勝元陣営の畠山政長と山名宗全陣営の畠山義就の両軍が京都の上御霊(かみごりょう)神社…

「桜は散ってからが本番?」この時期ならではの『花筏』を観に行こう

桜のつぼみがふくらみ、ほころびてから満開を迎えるまでは、いつもあっという間に感じられるものです。…

清少納言と紫式部は、仲が悪かったというのは本当なのか?

「枕草子」を書いた清少納言と、「源氏物語」を書いた紫式部は、お互い仲が悪かったという話をどこ…

まつと前田利家のエピソード 「加賀百万石の存続」

江戸時代、加賀百万石の大名として栄えたのが前田家である。その礎を築いたのは戦国大名「前田利家…

北条義時の子孫? 徳川家康に内通して殺された戦国武将・江馬時成の生涯

鎌倉時代、幕府の第2代執権として武士の世を切り拓いた北条義時(江馬小四郎)。その子孫は鎌倉幕…

【4度の結婚の末に幸せを掴んだ美女】ジェーン・ディグビー 「愛し愛されない人生に意味はない」

私たちは幼い頃から、人生でたった1人の愛する人と出会い、結ばれ、添い遂げることが恋愛において…

暴君となったのは母のせい?第2代将軍・源頼家の苦悩と葛藤【鎌倉殿の13人】

偉大なる父の重圧から反発し、それを乗り越えようと葛藤し、暴走の挙げ句に自滅していった……そんな悲劇は…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP