東郷平八郎

  1. 【日露戦争】全文読んだことある?東郷平八郎「聯合艦隊解散之辞」に学ぶ“平和と覚悟”の本質

    時は明治38年(1905年)9月5日。大日本帝国は1年8ヶ月にわたるロシア帝国との死闘(日露戦争)に辛勝を拾い、おびただしい流血の末に帝国主義世界を生き延びました。日本海海戦(対馬沖海戦。同年5月27日)にバルチック艦隊を撃破した帝…

  2. 大勝利と大敗北・日本海軍と丁字戦法

    「丁字戦法」と「併航戦法」「丁字戦法」(ていじせんぽう)は海戦における戦術であり、主に火砲を…

  3. 京都五山の送り火、8月16日じゃないのに夜空に燃えた大文字

    現在はお盆の送り火として、8月16日にだけ灯される京都五山の大文字や妙法・舟形。しか…

  4. 西郷隆盛のDNAを引き継いだ男たち「西郷従道 大山巌 東郷平八郎 川路利良」

    西郷隆盛 という人物はとにかくスケールの大きな人物だと伝わっている。そんな男から薫陶を受け、…

おすすめ記事

義時の死から北条時宗まで見届けた北条政村の40余年……篠目九葉「或る執権の話」読了【鎌倉殿後伝】

以前、鎌倉で開催された“限界鎌倉御家人オタクによる交流・ぷちぷち同人即売会企画「イザ鎌 IZA★KA…

「家康から嫌われまくっていた次男」 結城秀康の真実とは 〜前編

結城秀康とは結城秀康(ゆうきひでやす)とは、越前国北荘藩(福井藩)の初代藩主で、天下人・…

安政の大獄について調べてみた【斉彬と西郷の別れ】

島津斉彬(なりあきら)の薫陶を受けて西郷隆盛は成長した。その斉彬の命を受け国事に奔走する西郷。し…

【豊臣兄弟!】秀長に仕えた15年〜 7度も主君を変えた藤堂高虎の才覚の原点とは

主君を替え続けた男藤堂高虎といえば「主君を何度も替えた武将」として知られています。浅…

大友宗麟の「国難レベルの女遊び」をやめさせた、立花道雪の「天岩戸作戦」

立花道雪とは立花道雪(たちばなどうせつ)とは、九州の戦国大名・大友宗麟の片腕・軍師として…

【精神を病み実父を刺殺した天才画家】 リチャード・ダッド ~狂気の狭間で描かれた妖精絵画

イギリス出身の世界的ロックバンド、クイーンのセカンドアルバム『クイーンⅡ』に、「フェアリー・…

戦国大名の軍隊編制とは? 「先手」と「旗本」「槍、鉄砲、騎馬」の組み合わせ

戦国大名に仕える家臣たちの多くは、平時には領地の管理や農業生産の監督など、領内の経済基盤を支…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP