西洋史を学ぶ上で日本人にとってネックとなるのが「政治体制」、つまり「王国」「帝国」「公国」といった国の呼び方といっていい。日本の場合は平安時代の後半に、天皇が皇位を後継者に譲り上皇となり、政務を行う「院政」が主流となっていたが、鎌倉…
トップページに戻る
ポーランドの芸術家・ズジスワフ・ベクシンスキー(1929~2005)は、「終焉の画家」「滅びの画家」…
豊臣秀吉の片腕、豊臣秀長血縁関係というものは時に残酷で時に頼もしくもある。特に戦国時代は後継…
前編では、徳川家康がイギリス人のウィリアム・アダムスを外交顧問として抜擢し「世界に開かれた外交政策」…
古代史は謎に満ちている。というよりも謎だらけといってもいい。その中で最大級のものとして今も人…
昔から「武士は七たび浪人してようやく一人前」などと言われるように、天下泰平の江戸時代はともかく、戦国…
天正7年(1579年)8月29日、徳川家康(とくがわ いえやす)の正室・築山殿(つきやまどの。瀬名)…
江戸時代に肉食を禁じていた話は有名である。明治になり、文明開化の象徴として「牛鍋」がブームに…
Copyright © 草の実堂 All rights reserved.