西洋史を学ぶ上で日本人にとってネックとなるのが「政治体制」、つまり「王国」「帝国」「公国」といった国の呼び方といっていい。日本の場合は平安時代の後半に、天皇が皇位を後継者に譲り上皇となり、政務を行う「院政」が主流となっていたが、鎌倉…
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長野県小諸市にある小諸城(こもろじょう)の前身は、1487年、信濃守護小笠原氏の流れをくむ大井光忠が…
人間は誰もが長寿を願いますが「死」だけは避けられません。でも、それは現代の話。医療は日々進歩していて…
6月16日は、和菓子の日です。1979年、全国和菓子協会が、明治以降衰退した「嘉祥」…
岸田劉生(きしだ りゅうせい)といえば、日本の近代美術を語る上では避けて通ることのできない画…
本能寺の変の後、織田家の後継者および領地再分配を決めるために開かれた清洲会議は、歴史の転換点…
歴史には「宿命のライバル」と呼ばれるような人物が数多く存在します。例えば、平清盛vs源義朝、…
大岡弥四郎とは大岡弥四郎(おおおか やしろう)とは、徳川家康の嫡男・松平信康に仕え、町奉行を務め…
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