秦氏

  1. 渡来人・秦氏の足跡をたどって「太秦」を歩く~『京都歴史散歩』

    秦氏が本貫地とした「太秦」に残る史跡京都市右京区の太秦一帯には、秦氏の氏寺であった広隆寺のほか、秦氏に関係する寺社、古墳、史跡が点在している。秦氏は漢氏(あやし)などと並ぶ有力な渡来系氏族で、かつての大和国、山背国、河内国に住み…

  2. キリスト教は飛鳥時代に伝来していた説【平安京と秦氏】

    皆さんは、キリスト教伝来をどのように覚えているだろうか「あのザビエルが伝えたのでしょ…

  3. 長宗我部氏-始まりから四国平定まで

    1. はじめに土佐の戦国大名で知られている長宗我部氏について取り上げる。ここでは、最初に…

おすすめ記事

『べらぼう』江戸庶民が熱狂した壮大なイベント、吉原の“桜並木”とは?

江戸の出版ビジネス界で“メディア王”となり成功していく蔦屋重三郎を中心に、当時活躍した人々を描くNH…

有名な戦国大名たちの忍者集団 ①【饗談、甲賀、伊賀、透波、軒猿、乱波、風魔】

忍者とは忍者は歴史的には「忍び」と呼ばれ、史料上確実に存在が確認できるのは、南北朝時代以…

「本当にいたかもしれない」伝説の怪物たち 〜狒々・鴆・レモラ

妖怪や怪物と聞けば、一般的にはフィクションや伝説上の存在とされている。だが、その背後…

足軽が武将になるのはほぼ不可能だった!それを実現した豊臣兄弟

戦国時代は、実力さえあれば誰でも出世できた―。そんなイメージを持っている人も多いのではないでしょ…

28歳の若さで亡くなった家康のイケメン四男・ 松平忠吉とは

松平忠吉とは松平忠吉(まつだいらただよし)とは、徳川家康と側室・於愛の方(西郷局)との間…

【七人坊主の祟り伝説】八丈島で起きた「7」にまつわる恐ろしい事件とは

本州の南約300kmに位置する八丈島は、関ヶ原の戦いで西軍に属した宇喜多秀家が流された地とし…

【明朝の冷血皇帝】3人の美しい皇后が辿った悲劇的な最後

嘉靖帝とは明朝の第12代皇帝である嘉靖帝(かせいてい)は、諱を厚熜(こうそう)といい、道…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP