築山殿

  1. 松平信康は切腹。殺された瀬名は怨霊に?『松平記』より築山殿事件をたどる【どうする家康】

    天正7年(1579年)8月29日、徳川家康(とくがわ いえやす)の正室・築山殿(つきやまどの。瀬名)が夫の命により処刑されてしまいました。また同年9月15日、家康の嫡男・松平信康(まつだいら のぶやす)も、父の命により自刃させられて…

  2. 「子供をポンポン」暴言にショックを受けていた瀬名(築山殿)、実は自分の嫁(五徳姫)にも同じことを言っていた?【どうする家康】

    「それはな、お瀬名殿。そなたがもう女子(おなご)として、終いということじゃ」「子を産まなくなった…

  3. 家康の黒歴史・徳川家のタブー「信康切腹事件と築山殿殺害事件」の真相について

    家康の黒歴史戦国の世を制し、260年間の天下泰平の世を築いた徳川幕府初代将軍・徳川家康に…

おすすめ記事

永享の乱 【関東地方の戦乱はここから始まった】

将軍になれなかった鎌倉公方足利将軍家が成立してから約90年が経ったとある時、京都の足利将軍家では…

武家官位について調べてみた【暗黙のルールがあった】

皆さん、織田上総介信長、という人は聞いたことはあるだろうか?これは皆さんご存知の織田…

中世日本の物流を支配した海や川の豪族たち 「北条時政にはなぜ金があった?」

鎌倉幕府を支え、代々将軍を補佐する執権を勤めた北条氏だが、源頼朝の後ろ盾になった当初は、中クラスの豪…

『とりかへばや物語』平安時代の男装少女?男の娘?

とりかへばや物語とは『とりかへばや物語』という作品タイトルを耳にしたことはあるだろうか。…

天皇機関説事件について調べてみた【学説上の憲法解釈に圧力を加えた事件】

定説とされていた 天皇機関説天皇機関説事件 は1935年(昭和10年)に当時の軍国主義の風潮を反…

聖武天皇が恐怖した藤原広嗣の怨霊伝説 ~「憎き僧侶・玄昉を空中で八つ裂きに」

奈良時代の740年に起こった藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)の乱は、橘諸兄(たちばなもろえ)の…

近年の中国・オーストラリア関係を振り返る 〜悪化した中豪関係

米中対立は台湾問題に代表されるように、政治や安全保障、経済や貿易、先端技術などあらゆる分野で激しくな…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP