藤原氏

  1. 『奈良時代』権力の頂点に立った男の最期「藤原仲麻呂の乱」はなぜ起きたのか?

    平城京は、東大寺の金色の大仏をはじめ、興福寺や春日大社など壮麗な伽藍が立ち並び、唐の文化を積極的に取り入れた国際都市として栄えた。この華やかな時代は、後世「天平文化」として語られることが多い。だが、その輝きの裏側では、天皇や…

  2. 「争乱だらけだった奈良時代」藤原広嗣と橘奈良麻呂はなぜ乱を起こしたのか?

    奈良時代(710~794年)は、律令国家の体制が確立し、唐の制度や文化を積極的に取り入れた成…

  3. なぜ奈良時代に血なまぐさい争乱が続いたのか?「長屋王の変」の黒幕とは

    平城京を中心に、東大寺・興福寺・春日大社などの壮麗な寺社が建立され、国際色豊かな仏教文化、すなわち天…

  4. 摂関政治の最盛期を築いた藤原道長「栄華の裏で身体はボロボロだった」

    「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも 無しと思へば」これは、藤原道長が後一条…

  5. 「関白制度」はいつ誕生した? きっかけとなった『阿衡事件』とは

    平安時代の政治では、藤原氏による摂関政治(せっかんせいじ)が有名である。摂政とは、幼…

  6. 【光る君へ】 道長の陰謀?「光少将」藤原重家が出家した理由とは

  7. 【光る君へ】 敦明親王(阿佐辰美)の悲劇… 道長の野望により前途を絶たれる

  8. 権力の頂点へ!『藤原式家』と反乱と栄光とは ~藤原宇合の子どもたち

  9. 【光る君へ】 清少納言の後夫・藤原棟世とは、どんな人物だったのか?

  10. 【光る君へ】みんなでケガレりゃ怖くない… 藤原道長はなぜ死穢に触れても参内したのか

  11. 怨霊となった藤原広嗣を祀る 「二つの鏡神社」

おすすめ記事

16人の妻妾との間に53人の子をもうけた「オットセイ将軍」徳川家斉

田沼意次を罷免し、松平定信を筆頭老中に登用「第十一代の若き徳川の将軍、幕政の立て直しに挑む。…

古の伝承が語る~ 体内に宿り人を操る『寄生虫』の奇怪な伝説

日本は「お魚天国」である。島国という地理的条件から、古くから魚食文化が発展し、新鮮な…

透視能力を持つ超能力者・御船千鶴子 「リング〜貞子の母のモデル」

貞子の母のモデル 御船千鶴子御船千鶴子(みふねちづこ)は、透視能力「千里眼」を有する超能…

応仁の乱の元凶となったダメ将軍 足利義政 ~後編 「悪女 日野富子と結婚」

前編では14歳で8代将軍になった足利義政(あしかがよしまさ)の前半生について解説した。義政は…

斎藤道三【近年では親子二代説も浮上している下克上大名】

実は親子二代?斎藤道三(さいとうどうさん)は元は一介の僧侶であり、その後油売りの商人から武士…

ナポレオンの元婚約者の美女・デジレ 「ナポレオンに捨てられた後に王妃となる」

フランスの歴史上の人物の名を問われれば、必ずや名前があがるであろうナポレオン・ボナパルト。…

「パリの地下に広がる死の帝国」 カタコンブ・ド・パリ 【2.600万体の人骨】

もし、行く手に「止まれ!ここは死の帝国である」と書かれていたらどうする?その言葉に恐れをなし…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP