上田城

  1. 真田昌幸【徳川軍を2度撃退し家康から恐れられた智将】

    表裏比興の者真田昌幸(さなだまさゆき)は、幼少の頃より武田信玄の近習を務め、武田氏が滅ぼされると、臣従先を織田氏、北条氏、上杉氏、徳川氏とその時々の状況に応じて目まぐるしく変えて生き残りを図りました。その様子をして、石田…

おすすめ記事

太平道と五斗米道 【三国志の二大宗教とは?】

三国時代の宗教三国志の舞台である後漢末期の中国は、儒教と道教に対する意識が強い時代だった…

チャンピオンズカップの歴史を調べてみた「連覇は2頭だけ カネヒキリ トランセンド」

チャンピオンズカップ(3歳以上オープン 国際・指定 定量 1800mダート・左)は、日本中央…

軍事技術から転用されたものについて調べてみた

いまでは日常的に使われているインターネット。その起源は、アメリカ軍が冷戦中の1969年に開発…

喧嘩っ早くて女好き?大河ドラマ「鎌倉殿の13人」和田義盛の憎めないエピソード3選

そろそろ年末も見えてきた今日このごろ、令和4年(2022年)放送の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」も少し…

抜刀、居合術の開祖・林崎甚助【奥義は敵討ちから生まれた】

林崎甚助とは一瞬のうちに相手を斬る「居合(抜刀術)」の開祖が林崎甚助(はやしざきじんすけ)である…

気の毒すぎる…豊臣秀吉の逆ギレで流罪にされた戦国時代の美女・於安

豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)と言えば、戦国時代きっての女好きとして知られ、若い頃、女漁りのひどさに…

『或る女』のモデル、佐々城信子 ~「魔性の女」とされた波乱の生涯

大正時代、有島武郎が発表した小説『或る女』のモデルとなった女性・佐々城信子(ささき のぶこ)。…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP