大友義鎮

  1. 大友宗麟について調べてみた【キリシタン大名】

    謎の多い 大友宗麟大友義鎮(おおともよししげ)は、大友氏第21代当主で、一般的には宗麟(そうりん)の号で知られている大名です。最大の版図を誇った1560年代には、豊後、豊前、筑前、筑後、肥前、肥後の九州北部6か国を配下に治め、守護…

おすすめ記事

明治・大正時代の洋菓子について調べてみた

明治から大正時代というのは、伝統的な日本の文化の中に、西洋の文化が流れ込み、新たな文化が多数生まれた…

江戸の遊郭・吉原で「モテる男」と「モテない男」の違いとは? 遊女が惚れたのはこんな男

江戸最大の遊郭と言われた吉原。毎夜遊女を求めて大勢の客が大門をくぐりました。しかし、遊女にピ…

華族令廃止後、たくましく生きた華族の女性たち「クラブ経営や女優」

朝ドラ『虎に翼』では、寅子の学友たちが再登場。それぞれが新しい道を歩み始めていますが、未だ姿を見せな…

あまり知られていない「パワースポット、ミステリースポット」

日本の史跡には、あまり知られていないものも多い。華々しい観光地とは裏腹にひっそりと残る異界と…

「屁」が原因で殺された戦国武将がいた?放屁が招いた悲劇の伝承

「屁」とは、腸内で生じたガスが肛門から排出されたものである。いわば単なる生理現象にす…

「頼朝の窮地を救ったのは梶原景時だけではなかった」 熊谷次郎直実 ~前編

熊谷次郎直実とは熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)は、平安時代末期から鎌倉時代初期に…

五代友厚 〜明治維新後の大阪経済会を牽引した薩摩藩士

異例の薩摩藩士五代友厚(ごだいともあつ)は、幕末から明治時代を生きた薩摩藩士であり、明治新政…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP