大友義鎮

  1. 大友宗麟について調べてみた【キリシタン大名】

    謎の多い 大友宗麟大友義鎮(おおともよししげ)は、大友氏第21代当主で、一般的には宗麟(そうりん)の号で知られている大名です。最大の版図を誇った1560年代には、豊後、豊前、筑前、筑後、肥前、肥後の九州北部6か国を配下に治め、守護…

おすすめ記事

諸葛恪の天才エピソード その2 「時代を先取りしすぎた天才」

三国志終盤の天才完結に向けて比例するように、三国志の終盤はマイナーな人物が多く登場し、有…

平安時代に活躍した「陰陽師」 〜戦国時代以降どうなった?

平安時代には、安倍晴明や蘆屋道満などの名だたる陰陽師が存在していました。しかし150…

日本史No.1のイケメン・在原業平「3,733人の女性を抱いた」

在原業平とは日本史で最も知られたイケメンと言えば「源氏物語」の主人公・光源氏(ひかるげん…

永世中立国の意外な側面・第二次世界大戦とスイス

多面的な スイススイスと言えば多くの方がアルプスの山々など、牧歌的で美しいヨーロッパの山…

日本人と「あの食べ物」の出会いとは? 【カレー、アイスクリーム、タピオカ】

現代社会、特に日本を含めた先進国は、「飽食の時代」と言われて久しい。コンビニエンスストアやス…

江戸の英雄、庶民の憧れ!江戸の火消しとは 【江戸に火事がめちゃくちゃ多かった理由】

江戸の町では、その267年間の歴史の中で火事が頻発していた。その回数はなんと49回の大火、大…

諸葛孔明の北伐はいかに難しかったか【祁山と登山家馬謖を考察】

北伐の鍵となった祁山とは三国志終盤の中心となる蜀の北伐だが、読んでいると「祁山」(きざん…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP