畠山義就

  1. わかりにくい応仁の乱の全体像【政治制度が変わった】

    応仁元年1月に細川勝元陣営の畠山政長と山名宗全陣営の畠山義就の両軍が京都の上御霊(かみごりょう)神社で激突し、応仁の乱は幕を開けた。この戦いが日本史のターニングポイントだったのは確かである。これまでの通説によると、応仁の乱が勃発した…

  2. 応仁の乱の原因は史上最も「ゆるくて醜い」家督争いだった

    両軍合わせて27万もの軍勢を動員し、11年にも及んだ「応仁の乱」。どの勢力が戦い、勝者は誰だった…

おすすめ記事

人類最古の「ガン」は170万年前のホモ・サピエンス以前の種の骨肉腫だった

「ガン」は現代の病と考えている人が多いが、実は古代から存在していたことが確認されている。世界…

「別班」の存在が知られるきっかけとなった金大中事件とは 【韓国大統領の拉致に加担?】

衝撃的な展開を迎えている『VIVANT』日曜劇場『VIVANT』第5話が放送されました。…

驚きの連続【漫画~キヒロの青春】84

いつもご愛読ありがとうございます。漫画の仕事が入ったので、2~3週ほどお休みになると…

『中国の極秘戦略?』日本海から海洋進出を目指す「第二の出口」戦略とは

中国の海洋進出戦略を理解する上で、地理的な制約は非常に重要な要素となる。中国は東部に…

徳川家康の最期と遺言 「死因は胃がん?なぜ一周忌後に日光に祀れと言ったのか」

約150年近くも続いた戦国の世を終わらせた徳川家康。その死後は、幕府を開いた江戸ではなく、晩…

終戦80年…大阪の街に今も残る“戦没者慰霊碑”を歩いてみた

2025年8月15日は、戦後80年という節目の終戦記念日にあたります。8月に入ると、広島や長…

武士の嗜み「武芸四門」とは?武田軍の最高指揮官・山県昌景(橋本さとし演)かく語りき【どうする家康】

武田軍の最高指揮官山県昌景 やまがた・まさかげ(飯富昌景 おぶ・まさかげ)[橋本さとし]…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP