豊臣秀吉

  1. 豊臣秀吉はなぜ征夷大将軍ではなく関白を選んだのか?

    はじめに農民の出でありながら日本最大の大出世を遂げて天下人となった豊臣秀吉(とよとみひでよし)は、武士の最高峰である「征夷大将軍(せいいだいしょうぐん)」とならずに、公家の最高位である「関白(かんぱく)」を選んだ。朝廷か…

  2. 豊臣秀吉が亡くなる前の行動を時系列で追ってみた 【朝鮮出兵、死因】

    豊臣秀吉にまつわる歴史的大発見2020年、豊臣秀吉にまつわる歴史的大発見が立て続けに報じられた。…

  3. 武士に憧れた公家・近衛信尹の苦悩【秀吉が関白を奪う原因を作り公家から袋叩きにされ心を病む】

    近衛信尹とは近衛 信尹(このえ のぶただ)は、公家でありながら武士に憧れ、豊臣秀吉の朝鮮出兵…

  4. 北政所・ねね 【当時は珍しい恋愛結婚で天下人豊臣秀吉を支える】

    ねね(高台院)とは豊臣秀吉が天下統一を成し遂げることが出来たのは、妻である北政所(きたの…

  5. 千利休・天下一の茶人 【なぜ秀吉に切腹させられたのか?様々な説】

    千利休とは千利休(せんのりきゅう)は戦国時代に「侘び茶(わびちゃ)」を大成し「天下一の茶…

  6. 秀吉の中国大返しはなぜ成功したのか?【230kmの距離を7日で強行】

  7. 鬼玄蕃・佐久間盛政【秀吉に惜しまれながら斬首された若き猛将】

  8. 雑賀孫一と雑賀衆【信長を何度も苦しめた鉄砲傭兵集団】

  9. 賤ケ岳七本槍の武将は実は9人だった【豊臣の猛将たち】

  10. 豊臣秀吉による天下統一の総仕上げ・奥州仕置(おうしゅうしおき)

  11. 実は棚ぼただった?豊臣秀吉の関白就任

おすすめ記事

徳川家康は世界中と貿易しようとしていた 「鎖国とは真逆の外交政策だった」

家康が夢見た外交政策静岡県伊東市、この地にある戦国時代の英雄のゆかりのものが展示されている。…

平安貴族の出仕先「二官八省」について解説 【光る君へ】

大河ドラマ「光る君へ」で注目されている平安時代。平安貴族は、荘園からの収入以外にも宮中などへ…

岩見重太郎 「化け物退治をした後に大坂夏の陣で散った伝説の剣豪」

岩見重太郎とは岩見重太郎(いわみじゅうたろう)とは、父を殺されその仇討ちのために各地を旅…

松平定政 〜突然大名を捨てて出家し「狂気の沙汰」と呼ばれた家康の甥

松平定政とは松平定政(まつだいらさだまさ)は徳川家康の甥として生まれた。徳川一門として取…

関ケ原の戦いで西軍についたのに復活できた武将たち

関ケ原の戦い慶長5年(1600年)に行われた、所謂・天下分け目の合戦と言われているのが「…

『虎に翼』 デートにも新婚旅行にも同行した華族令嬢の「お付き」とは

朝ドラ『虎に翼』で、元華族の涼子さまが「日傘からお弁当のふたを開けるまで、玉には世話になった」と言っ…

令和3年は見られる?諏訪の七不思議「御神渡り」に秘められた神々の伝承

毎年、冬になると信州のニュースを騒がせる「御神渡り(おみわたり)」。諏訪湖(すわこ。長野県諏訪市など…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP