misyouと申します。歴史上の人物たちを、生身の人間として捉え直した記事を書いていきたいと思っております。よろしくお願い致します。
過酷な航海とヨーロッパ歴訪、そして帰国1582年(天正10年)2月20日。寒風吹きすさぶ長崎港の波止場から南蛮船に乗り込み、大海原へと旅立った天正遣欧少年使節団。千々石ミゲル、伊藤マンショ、中浦ジュリアン、原マルチノの4…
室町時代。一つの舞台芸術を大成した天才がいた。世阿弥元清(ぜあみもときよ)である。「秘すれば…
1948年春。英国の新聞タイムズ紙は、センセーショナルなニュースを報じた。数千年前のものと思…
仏教美術といえば、法隆寺に代表される飛鳥時代や阿修羅像が作られた天平時代について語られること…
のっぺらぼうの木像たち宮崎県西都市の歴史民俗資料館には、一風変わった木彫りの像が安置されている。…
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笑いあり、涙あり、時には感動を与える「シチュエーション・コメディ」略して『シットコム』は、アメリカド…
家康の交渉術について徳川家康の性格を表す川柳は、誰もが知っているだろう。「鳴かぬなら…
三国志のキーパーソン三国志の鍵となる三国鼎立は様々な人物の活躍と、数々の歴史の偶然によっ…
楠本イネとは (くすもと いね)、江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した日本人医師である…
倭国、邪馬台国、卑弥呼、前方後円墳。弥生時代になるとよく耳にするワードが登場するようになる。…
戦国を勝ち抜くために必要不可欠だった情報収集力戦国大名にとって、領国の繫栄と衰退は自らの…
中島敦(なかじま あつし)といえば、「山月記」や「李陵」といった中国古典を題材にした作品が有名です。…
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