調べてみた日本史

  1. 絶倫すぎた蝦夷の戦国大名・蠣崎季広には26人の子供がいた

    かつての武家では、男児による家督継承が至上命題とされていました。そのため当主は男児を確保するため、正室のほか、何人も側室を持つことが珍しくなかったようです。しかし中には必要以上?に子供が生まれてしまうこともありました。今回は…

  2. 「臭い・汚い・ひどい」意外と毒舌だった『万葉集』の本音歌6選

    あなたは『万葉集』に、どのようなイメージを抱いているだろうか?「格式高くてとっつきに…

  3. 「絶対権力者なのに不自由すぎる」徳川将軍の1日は想像以上に窮屈だった

    1603年(慶長8年)、征夷大将軍に補任された徳川家康は、江戸を本拠として幕府を創設した。約26…

  4. 「明智光秀は容姿端麗だったのか」史料が語る外見と性格、謎の前半生

    豊臣秀吉は天下を獲るまで、多くのライバルと死闘を繰り広げてきました。しかしその中でも最大の存…

  5. 豊臣秀次は本当に冤罪か? 聚楽第外堀の拡張が示す謀反計画の可能性【秀次切腹事件】

    造営からわずか10年で、痕跡をとどめぬほど徹底的に破却された聚楽第(じゅらくだい)。豊臣政権の京…

  6. 【毎年8万人以上の行方不明者】なぜ昔の日本人は失踪を「神隠し」で説明したのか

  7. 信長が重用した得体の知れぬ「世上の人」とは 〜秀吉や光秀がのし上がれた理由

  8. なぜ女性だけが血の池地獄に堕ちるのか「血盆経」にすがった中世の女たち

  9. 『豊臣兄弟!』秀吉と前田利家の特別な関係 〜長屋時代から育んだ無二の友情

  10. 「豊臣滅亡の元凶とされた秀吉の妻」なぜ淀殿は悪女にされたのか

  11. 【死刑の恩赦を拒み23歳で獄死】金子文子の虐待・無籍者・貧困の人生「何が私をこうさせたか」

おすすめ記事

キラキラネームの元祖はあの文豪!? 「いったいどんな名前だったのか?」

キラキラネームとは「絹」と書いて「しるく」、「皇帝」と書いて「しーざー」、「桃花」と書いて「ぴんく」…

江戸時代にあった現代にない職業 「ゴミの出にくい社会だった」

私の町内では火曜と金曜にゴミ出しがあり、多くの家庭がゴミを出します。いたって普通の光景ですが、300…

「藤原氏の祖」となった中臣鎌足 ①【蘇我入鹿 暗殺計画】

中臣鎌足とは飛鳥時代の645年、ヤマト政権で天皇をも凌ぐ権勢を誇っていた大豪族の蘇我入鹿…

『ロシア史上最も恐れられた皇帝』イヴァン雷帝の凶暴すぎた治世 〜怒りの果てに皇太子も犠牲に

イヴァン4世(1530年〜1584年)は、ロシア史において極めて特異かつ重要な位置を占める君…

安土桃山時代の茶人・廣野了頓(ひろのりょうとん)とは? 【豊臣秀吉・徳川家康が親しんだ人物の謎を探る】

室町幕府滅亡後に茶人として名を成す歴史の醍醐味は、謎解きの面白さといっても決して過言では…

「神武天皇の謎を解く!」神武東征はいつ行われたのか?

日本の初代天皇とされる神武天皇は、現代の歴史学では伝説上の人物とみなされ、その実在性には疑問が呈され…

『24歳で死を賜った皇子』権力に消された大津皇子と姉・大伯皇女の真実

現在に続く天皇制、そして古代日本の法治国家体制である律令制の礎を築いた天武天皇。その偉業は、やが…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP