調べてみた

  1. 鎌倉武士も怯えた怨霊の祟りとは? 【源頼朝が怯えた怨霊 ※御霊信仰】

    合戦で、敵をビュンビュン射殺し、バッタバッタと切り倒すイメージがある鎌倉武士。彼らは神も仏も恐れず戦いを繰り返して敵を葬ったが、実は「怨霊に怯える一面」も持ち合わせていた。鎌倉武士が怨霊を恐れた訳は 大昔から続く御霊信仰にあった…

  2. 最期は自分の顔面を…公暁に仕えた稚児・駒若丸(三浦光村)の過激な生涯【鎌倉殿の13人】

    建保5年(1217年)6月20日、京都での修行から鎌倉へ舞い戻った公暁(演:寛一郎)。彼は鶴岡八幡宮…

  3. 【忠臣蔵の真実】 吉良家の剣客・清水一学と小林平八郎は本当は弱かった?

    忠臣蔵とは毎年、年末になるとTVドラマの時代劇などで放送される「忠臣蔵」。忠臣蔵…

  4. 伊達稙宗と天文の乱 【伊達家の力を削いだ 晴宗との親子争い】

    塵芥集の制定今回は前編に引き続き、後編である。巨大山城・桑折西山城(こおりにしや…

  5. 伊達稙宗の巨大山城「桑折西山城」 【信長の技術を30年も先取りした天才】

    巨大山城「桑折西山城」とは「戦国の常識を変えた」と熱い注目を集める巨大な山城がある。…

  6. 和田義盛はなぜ、北条義時に滅ぼされたのか?

  7. 蜀の老将・黄忠の実像 【関羽との名勝負はフィクションだった】

  8. 中秋節とは 【中国や台湾にもお月見があった?】

  9. 「武士の鑑」畠山重忠の子孫は江戸時代まで続いた?『系図纂要』を読んでみよう【鎌倉殿の13人】

  10. 自由の女神はいつどうやって作られたのか?【フリーメイソンの絆】

  11. 戦国武将たちが好んだ食事とは? 【信玄・謙信・信長が食べた戦国勝負飯】

おすすめ記事

豊臣最後の名将・毛利勝永【真田とともに家康を自害寸前まで追い詰めた猛将】

毛利勝永とは毛利勝永(もうりかつなが)は大坂の陣で「大坂五人衆」の一人として特に「大坂夏…

『白村江の戦いの真の目的とは』 天智天皇は負けるとわかりながら派兵した?

唐・新羅と戦った白村江の戦いの従来説日本が律令国家へと歩みを進める大きな契機となったのが…

【ロシア皇太子襲撃~大津事件】 日本のために自刃した畠山勇子

明治24年(1891年)、ロシア皇太子ニコライが日本を訪れた際に、滋賀県大津で警護中の津田三蔵巡査に…

【ハウルの動く城の舞台】 フランスのメルヘンチックなアルザス地方とコルマールの街

街のどのアングルから撮影しても、全てが絵画のような芸術性の高い写真に仕上がる、フランス東部のアルザス…

千鶴丸は生きていた?頼朝の子・源忠頼と和賀一族の系図をたどる【鎌倉殿を13人 外伝】

源頼朝(みなもとの よりとも)の男児と言うと、北条政子(ほうじょう まさこ)との間にもうけた嫡男の源…

ローランの歌 【聖剣デュランダルの騎士】の伝説

中世のヨーロッパでひとりの騎士をモチーフにした伝説が広まった。「聖騎士」「聖遺物」「聖剣」…

戦国の戦いを劇的に変えた「火縄銃」なぜ弾丸に鉛が使われたのか?

日本史において、戦いの様相を一変させた武器として真っ先に挙げられるのが、鉄砲、すなわち火縄銃です。…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP