大坂夏の陣で武家摂関・豊臣氏が滅亡慶長20年(1615年)5月8日正午。京都東山の高台寺屋敷の高台に建つ望楼から、南西の方角を一心に見つめる女性がいた。太閤・豊臣秀吉の正室・北政所ねねだ。彼女の目…
トップページに戻る
古来「至誠通天(しせいつうてん)」と言うように、中途半端な小細工を一切弄しないまごころには、人の胸を…
1961年8月のある夜、西ベルリンのアメリカ合衆国情報局に、地方警察から一本の驚くべき電話が…
合戦と言えば天下の大義を掲げ、あるいは一族の存亡を賭けて死に物狂いで臨むもの……とイメージしますが、…
日本という国にとって、太平洋戦争は歴史を語る上で外すことができないテーマであることは間違いない。…
明智光秀「……三河の方々は、いささか臆病に過ぎるようですなぁ。足手まといにならぬとよいが」※…
現代の国際情勢において、かつて孤立主義的な外交方針として受け止められてきた「モンロー主義」が、再び注…
最近ようやく涼しくなってきましたね♪【毎週日曜日に更新します】バック・ナンバ…
Copyright © 草の実堂 All rights reserved.