「内助の功」と強運山内一豊(やまうちかつとよ)は織田信長・豊臣秀吉・徳川家康に仕えた武将で、正室・見性院の「内助の功」がつとに知られた人物です。その見性院の機転もあり、最終的には土佐一国を領する大名となった一豊ですが、そこに至る…
トップページに戻る
江戸時代中期、浮世絵の世界に新たな風を吹き込んだ絵師がいました。その絵師の名は、勝川…
前編ではマルコポーロの東方見聞録と、かつては東北で金が多く採れたこと、そして「黄金の国ジパング」が東…
桜満開の便りが届き始めた3月末から、新しいNHK朝の連続テレビ小説『風、薫る』が始まりました…
長篠の戦い年月:1575年6月対戦相手:武田勝頼VS徳川家康・織田信長連合軍の戦い特…
―本能寺の変以降の織田氏―1. はじめに「戦国大名としての織田氏(1)―…
スマートフォン(スマホ)は、iPhoneもAndroid搭載端末も性能的には成熟しました。ち…
西洋の歴史は、ある一人の哲学者が奴隷市場から救出されたか否かで、全く異なる姿になっていたかも…
Copyright © 草の実堂 All rights reserved.