山田方谷

  1. 江戸幕府最後の老中「板倉勝静」と天空の城「備中松山城」

    時代に揺れる備中松山藩幕末の備中松山藩主の板倉勝静(いたくら かつきよ)をご存じでしょうか。備中松山藩は、現在の岡山県高梁市にあった藩で、今でも江戸時代に作られた山城が残っています。11月の雲海が出るシーズンには、雲海の…

  2. 財政再建の神様と呼ばれた・山田方谷【なぜか知名度が低い幕末の秀才】

    江戸時代の藩政改革と言えば歴史上には、有名な人がたくさんいますが、偉大さにも関わらず、なぜか知名…

おすすめ記事

開国路線だった家康は、なぜ心変わりしたのか? 【岡本大八事件】

前編では、徳川家康がイギリス人のウィリアム・アダムスを外交顧問として抜擢し「世界に開かれた外交政策」…

山岡鉄舟について調べてみた【江戸城無血開城の事前交渉を担った幕臣】

大剛の武士 山岡鉄舟山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)は幕末には幕臣として最後まで徳川に仕え…

飢餓を恐れた加藤清正が「熊本城」に施した秘策とは

肥後熊本の初代藩主である加藤清正は、その功績から数々の異名を取った人物である。「肥後…

大津皇子について調べてみた【万葉の悲劇の皇子】

大阪と奈良の境に位置する「二上山(にじょうざん・ふたかみやま)」。その姿はまるで「らくだ」の…

黒田長政【偉大な父・官兵衛に負けぬ関ケ原の功労者】

偉大な父の影黒田長政(くろだながまさ)は、豊臣秀吉の軍師として著名な黒田孝高(官兵衛)の嫡男…

「吉原が燃えても誰も消さなかった」火消しが動かなかった衝撃の理由とは

吉原の火事を消すのはバカのやることだ大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の、初回放送…

天海僧正は明智光秀だったのか?天海=光秀説の根拠を調べてみた

戦国最大の謎とされる『本能寺の変』、首謀者の明智光秀が生きていて天海僧正となり、徳川家康から家光まで…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP