山縣有朋

  1. 【日本総理大臣列伝】 山縣有朋の人物像に迫る 「愚直なまでに現実主義を貫く政治理念」

    2度の内閣総理大臣、陸軍大臣、内務大臣、司法大臣など、明治~大正の政府要職を歴任した山縣有朋(やまがた ありとも)。日本陸軍を創設し「国軍の父」とも称されたにも関わらず、常にダーティなイメージがつきまといます。存命中でさえ、その…

  2. 西郷と岩倉使節団について調べてみた

    討幕を成し遂げ、日本を新たな時代に導いた西郷隆盛は政府の要人となった。版籍奉還、廃藩置県など西郷はひ…

  3. 山縣有朋 の功績ついて調べてみた【今までの評価は間違い?】

    明治2年(1869年)、山縣有朋(やまがたありとも)は、ヨーロッパの地にいた。明治維新を成功させ…

おすすめ記事

暗号機「エニグマ」とコヴェントリー爆撃

コヴェントリー爆撃コヴェントリー は、イギリスのイングランドにある工業都市です。第二次世界大…

【豊臣兄弟!】秀長の父は何者だったのか?鍵を握る「同朋衆」という謎の集団

この記事は音声でも聴けます。移動中や作業中、睡眠用にどうぞ。 ▶ この内容を音声で聴く現…

民主主義について調べてみた 「日本は民主主義ランキングで先進国下位」

民主主義の由来民主主義(デモクラシー)の語源は、リシャ語の「デモス(人民)」である。…

織田信長が『比叡山焼き討ち』をした理由 【大虐殺に至るまでの経緯】

「織田信長=苛烈で怖い人」というイメージを抱く人は多いだろう。それは信長が行った『比…

真田幸村の子孫が仙台藩で生き延びていた?【幸村の次男・大八の生存説と死亡説】

真田幸村と伊達家の接点とは?真田幸村は、「大坂夏の陣」で徳川家康一人に狙いを定めて本陣深…

明石元二郎 〜日露戦争の影の功労者【一人で日本軍20万に匹敵する戦果】

ロシア内での攪乱工作日露戦争は、1904年(明治37年)2月8日から1905年(明治38年)9月…

浅井家の軍師・遠藤直経【信長の暗殺を2度計った知勇兼備の謀将】

遠藤直経とは遠藤直経(えんどうなおつね)は近江の浅井長政(あざいながまさ)の軍師を務めた謀略…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP