津軽氏

  1. 津軽信枚について調べてみた

    戦国時代当時、本州最北端の地を収めていたのが津軽氏である。そして、関ヶ原の戦いという歴史のターニングポイントに立ち会い、後の津軽藩の礎を築いたのは津軽信枚(つがるのぶひら)であった。兄弟分かれての東西合戦信枚は、天正14…

おすすめ記事

ユーチューバー育成プログラムについて調べてみた【YouTube NextUP】

最近では、ユーチューバー(You Tuber)という言葉もすっかり定着しましたね。HIKAKINさ…

袁術が建国した2年間だけの伝説の王朝「仲」

2年間だけ存在した伝説の王朝長い中国の歴史の中で、自称皇帝を名乗る人物によって2年の間だ…

「ペガサスから人喰い馬まで」世界の“神獣化した馬”たちの伝承

「馬」は、人類と一蓮托生のパートナーといっても過言ではない生き物である。太古の時代に…

【日本総理大臣列伝】 山縣有朋の人物像に迫る 「愚直なまでに現実主義を貫く政治理念」

2度の内閣総理大臣、陸軍大臣、内務大臣、司法大臣など、明治~大正の政府要職を歴任した山縣有朋(やまが…

グランピングが日本で注目される理由 「アウトドア界の新しい逸材」

長期化するコロナ禍を切っ掛けに、会社に足を運ばずとも自身のライフスタイルと並行しながら仕事に打ち込め…

徳川秀忠は駄目な二代目だったのか? 前編【関ヶ原の戦いで大遅刻】

徳川秀忠とは徳川秀忠(とくがわひでただ)は、徳川家康を父に持ち、三男でありながら家康の後…

【やはり戦争に行きたくなかった?】徴兵から逃れた日本男児たちの驚きの手法とは

戦前の日本は軍国主義であり、「お国のために」戦うことが是とされてきた。しかし、それは…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP