藤原惟規

  1. 最期まで呑気な藤原惟規(高杉真宙)僧侶も呆れた彼のコメント【光る君へ】

    時は寛弘8年(1011年)、藤原惟規(のぶのり)は、越後守となった父・藤原為時に従い、越後国へやって来ました。ちょうど官職にあぶれていたことと、年老いた父親が心配だったのでしょう。ちなみに姉の藤式部(紫式部)は、中宮・藤原彰…

  2. 【光る君へ】藤原惟規(高杉真宙)は紫式部(まひろ)の弟?それとも兄?考察してみた

    まひろの弟 藤原 惟規(ふじわらの のぶのり)高杉 真宙(たかすぎ・まひろ)まひろ(紫式…

  3. 実は凡庸なんかじゃなかった!紫式部の兄弟・藤原惟規の活躍 【光る君へ】

    平安時代を代表する女流作家の一人・紫式部。日本人だけでなく、世界中の歴史ファンから「MURASAKI…

おすすめ記事

【べらぼう】恋川春町(演 岡山天音)の悲劇的な最期とは ~『鸚鵡返文武二道』が絶版

下々の者は何の楽しみも戯れも許されず、分相応に死ぬまで働け……そんな具合に幕を開けた寛政の改革。…

畠山重忠について調べてみた【最後まで潔い生き様を示した坂東武士】

坂東武士の代表格 畠山重忠平安時代はまだ武士の身分はそれほど高くなかった。だが、それも平安時代末…

中国人はなぜ種を食べるのが好きなのか? 【明の皇帝はスイカの種が大好物だった】

種をひたすら食べる光景中国人や台湾人はお茶菓子の代わりに「瓜子 : gua zi」を食べる。どこ…

朝倉義景 ~「信長を最も追い詰めた戦国大名」①

朝倉義景とは戦国三英傑の一人で、「魔王・覇王」とまで呼ばれた織田信長を、何度も追い詰めた…

琵琶湖に実在した海賊たち 〜「16人を殺傷した琵琶湖無差別殺傷事件」

中世の日本には海賊が存在していた。海賊とは、自分達が支配する海域を通行しようとする船を他の海…

幕末に近代化しまくっていた佐賀藩と鍋島直正

失態からの教訓佐賀藩の鍋島氏は肥前36万石を治める大身国持(一国持ちではないが、大領を有した国主…

占いと陰陽五行説について調べてみた【古代中国】

占いを調べると『陰陽五行説』という言葉に幾度となく出会う。しかし、難しすぎてなかなか分からない。…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP