大内氏

  1. 大内義隆【大内家の全盛期を築くも文化に傾倒し過ぎて滅んだ大名】

    大内義隆(おおうちよしたか)は周防・長門を始め5ヶ国の守護を務め、さらに最盛期には肥前も手に入れ北九州を掌握し、大内家を西国一の大大名とするなど最盛期に導きました。しかし、晩年に入ると文化に傾倒しまくり家臣の顰蹙を買ってしまい、最後…

  2. 武家官位について調べてみた【暗黙のルールがあった】

    皆さん、織田上総介信長、という人は聞いたことはあるだろうか?これは皆さんご存知の織田…

  3. 陶晴賢(すえはるたか)下克上で主君を倒すも毛利に敗れた武将

    下克上と敗北陶晴賢(すえはるかた)は主君であり、当時北部九州・中国地方を支配していた大内義隆…

おすすめ記事

「ポンジ・スキーム」あなたは見抜ける?人々の欲望につけ込む古典的詐欺

リスクとリターンは表裏一体(比例する)……資産運用を検討したことがなくても「ハイリスク・ハイリターン…

琉球王国の歴史と文化について解説 ②

文化450年間、南西諸島に存在した国家「琉球王国」。沖縄を中心とした島嶼からなる…

【戦国一の正直者】 仏の高力清長とは ~秀吉も欲しがった三河三奉行 「能力値が高いマイナー武将」

高力清長とは高力清長(こうりききよなが)とは、徳川家康とその父・松平広忠に仕えた譜代家臣である。…

妻を殺してその肉を……『三国志演義』に登場する猟師・劉安の忠義エピソード

劉備(りゅう び。字は玄徳)と言えば、戦乱の世を治めるべく立ち上がった仁徳の英雄として知られ、『三国…

これであなたも北条マニア?義時・時房の子孫たち14流を一挙紹介!【鎌倉殿の13人】

源頼朝(みなもとの よりとも)の天下草創を支えた北条時政(ほうじょう ときまさ)の背中を追い駆け、武…

平清盛の病と死因 「寺を焼いた呪いか? 原因不明の熱病」

平安末期の源平合戦から江戸時代まで、ある者は戦に明け暮れ、ある者は権力者となった。そんな武将たち…

徳川秀忠は駄目な二代目だったのか? 後編 「家康死後、豹変した秀忠がやったこと」

二代将軍に就任慶長8年(1603年)2月、家康は征夷大将軍に就任し、江戸に幕府を開いた。…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP