秦氏

  1. 渡来人・秦氏の足跡をたどって「太秦」を歩く~『京都歴史散歩』

    秦氏が本貫地とした「太秦」に残る史跡京都市右京区の太秦一帯には、秦氏の氏寺であった広隆寺のほか、秦氏に関係する寺社、古墳、史跡が点在している。秦氏は漢氏(あやし)などと並ぶ有力な渡来系氏族で、かつての大和国、山背国、河内国に住み…

  2. キリスト教は飛鳥時代に伝来していた説【平安京と秦氏】

    皆さんは、キリスト教伝来をどのように覚えているだろうか「あのザビエルが伝えたのでしょ…

  3. 長宗我部氏-始まりから四国平定まで

    1. はじめに土佐の戦国大名で知られている長宗我部氏について取り上げる。ここでは、最初に…

おすすめ記事

本当に愚将か?「冨永恭次」を再評価してみた 【レイテ島の戦い】

太平洋戦争において、特に末期の戦場では、日本軍は連合軍に対し悲惨な戦闘を強いられ、各地で敗退を続けた…

江戸城内での刃傷事件「松平外記事件」 千代田の刃傷

江戸城内での刃傷事件江戸城内での刃傷事件は過去に7件起きており(※9件または11件とも)…

恋のタイミング【漫画~キヒロの青春】⑨

数年ぶりの再開【漫画~キヒロの青春】⑩&n…

【世界三大美女】クレオパトラの生涯と悲劇的な最後 ~実はギリシャ人だった

クレオパトラ7世は、「世界三大美女」として名高く、古代エジプト・プトレマイオス朝の最後の女王…

【奈良の歴史散策】ならまちの庶民信仰とは?世界遺産「元興寺」とともに巡る

「ならまち」について「ならまち」とは、猿沢池の南側に広がる、格子が特徴的な古い町家が建ち…

2022年 北京冬季五輪における「外交ボイコット論」を振り返る ―欧米と日本の対応

ちょうど3年前の今頃、北京で冬季五輪が開催されたが、その当時、欧米諸国を中心に「開会式や閉会式の政府…

「神君伊賀越え」のピンチに徳川家康が貪り食ったものとは 【どうする家康】

昔から「腹が減っては戦ができぬ」と言いますが、戦に限らず何をするにも、腹が減っていると力も気合いも入…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP