今回は前編に続いて後編である。着々と天下人への階段を登っていく秀吉、それを支えた秀長だったが、秀長は翌天正14年(1586年)頃から体調が崩れやすくなり、何度も湯治をしていたという記述が残っている。この頃、秀吉の徳川…
豊臣秀長とは豊臣秀長(とよとみひでなが)は、天下人・秀吉の実弟にして豊臣政権を支えた武将です…
豊臣秀吉の片腕、豊臣秀長血縁関係というものは時に残酷で時に頼もしくもある。特に戦国時代は後継…
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年始に神社や寺へ行くと、厄年の早見表を掲示しているのをよく見かけますね。今年が厄年に…
鎌倉時代末期、源頼朝が開いた鎌倉幕府は腐敗に満ちていた。頼朝の跡を継いだ源頼家は若さを理由に…
有楽斎として高名織田長益(おだながます)は、織田信長の実弟に当たる武将・大名ですが長益より、…
討幕へ貢献した トーマス・グラバー明治維新の功労者と言えば、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝…
謎が多い諸葛孔明の妻黄夫人(こう ふじん)は三国時代の蜀漢の人物であり、諸葛孔明の妻とし…
地方に行くと、とっても便利な「道の駅」都内で暮らしていてあまり出ない方には馴染みは少…
唐・新羅と戦った白村江の戦いの従来説日本が律令国家へと歩みを進める大きな契機となったのが…
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