調べてみた江戸時代
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人違いで藩主を殺した刃傷事件 「板倉勝該事件」 ~後編
今回は前編に引き続き後編である。旗本・板倉勝該(いたくらかつかね)は、兄の遺領6,000石を相続したが日頃から凶病の気があり、家を治めていけるような状態ではなかった。そのため、板倉本家の当主である陸奥国泉藩2代藩主・板倉勝清…
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人違いで藩主を殺した刃傷事件 「板倉勝該事件」 ~前編
板倉勝該事件とは1603年、徳川家康が江戸に幕府を開き、江戸時代は250年以上も続く太平…
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江戸時代の変わった殿様たち 「温水プールを作った、ブリ好きが原因で自害、7度も強制引っ越し」
今回も前編に引き続き、江戸時代の殿様の暮らしと、変わった殿様たちについて解説する。殿様の1日…
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江戸時代の殿様の暮らしとは 「女遊びで参勤交代に遅れて重臣が切腹」
一風変わった殿様たち慶長8年(1603年)2月12日、戦国の世に終止符を打った徳川家康(とくがわ…
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「滅びゆく徳川幕府に殉じた忠臣」 川路聖謨(かわじとしあきら)
壮絶な自決川路聖謨(かわじとしあきら)は、江戸時代末期の幕臣であり低い身分から御家人、旗…
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徳川秀忠は駄目な二代目だったのか? 後編 「家康死後、豹変した秀忠がやったこと」
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徳川秀忠は駄目な二代目だったのか? 前編【関ヶ原の戦いで大遅刻】
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巌流島の決闘の真相 後編 「宮本武蔵は遅刻をしなかった?」
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巌流島の決闘の真相 前編 「武蔵は佐々木小次郎と戦っていなかった?」
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犬公方・徳川綱吉は本当に暴君だったのか? 【後編】
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犬公方・徳川綱吉は本当に暴君だったのか? 【前編】