調べてみた鎌倉殿の13人

  1. 鎌倉武士も怯えた怨霊の祟りとは? 【源頼朝が怯えた怨霊 ※御霊信仰】

    合戦で、敵をビュンビュン射殺し、バッタバッタと切り倒すイメージがある鎌倉武士。彼らは神も仏も恐れず戦いを繰り返して敵を葬ったが、実は「怨霊に怯える一面」も持ち合わせていた。鎌倉武士が怨霊を恐れた訳は 大昔から続く御霊信仰にあった…

  2. 最期は自分の顔面を…公暁に仕えた稚児・駒若丸(三浦光村)の過激な生涯【鎌倉殿の13人】

    建保5年(1217年)6月20日、京都での修行から鎌倉へ舞い戻った公暁(演:寛一郎)。彼は鶴岡八幡宮…

  3. 和田義盛はなぜ、北条義時に滅ぼされたのか?

    和田義盛とはどんな人物か?桓武天皇の皇子・高望王直系平氏三浦一族の分家筋が、和田氏である…

  4. 「武士の鑑」畠山重忠の子孫は江戸時代まで続いた?『系図纂要』を読んでみよう【鎌倉殿の13人】

    元久2年(1205年)6月22日。鎌倉武士の鑑であった畠山重忠(はたけやま しげただ)が、無実の罪に…

  5. 一番駆けは譲らない!和田合戦で三浦義村と武功を競った波多野忠綱【鎌倉殿の13人】

    古来、戦場における一番駆けは自らの身命を惜しまぬ武勇を証し、味方の士気を高める振る舞いとして高く評価…

  6. 鎧なしで敵前上陸!源頼朝が「日本無双の弓取り」と称賛した下河辺行平【鎌倉殿の13人】

  7. 実は源頼朝だけじゃない。落馬で亡くなった和田義茂(和田義盛弟)の最期【鎌倉殿の13人】

  8. 北条義時と「無数の和田義盛」が衝突!泉親衡の乱から和田合戦前夜まで【鎌倉殿の13人】

  9. 凄まじい悪運と執念!鎌倉時代を代表する歌人・藤原定家が歩んだトラブル続きの生涯【鎌倉殿の13人】

  10. すごいすごい!鎌倉殿も御家人たちも大はしゃぎした鷹匠・桜井斎頼のエピソード【鎌倉殿の13人】

  11. これであなたも北条マニア?義時・時房の子孫たち14流を一挙紹介!【鎌倉殿の13人】

おすすめ記事

豊臣埋蔵金は現代の価値に換算するといくらだったのか?

日本には、三大埋蔵金伝説というものがあります。その3つとは、『徳川埋蔵金』『豊臣埋蔵金』、そして『…

立花宗茂【秀吉に絶賛された西の最強武将】

立花宗茂の生い立ち立花宗茂(たちばなむねしげ)は、永禄10年(1567年)8月に豊後の大友氏…

『ブギウギ』 花田鈴子は実の子じゃない! 笠置シヅ子の出生の秘密とは

NHK朝の連続テレビ小説「ブギウギ」で、アホのおっちゃんの言った「クジラの子とカッパの子」。…

カップラーメンの歴史 【ハプニングで生まれた?】

もはや、日本だけでなく世界のソウルフードとなったカップラーメン。近年、値上がりが激しいものの…

馬詰柳太郎 「人は見た目が9割」だけど…残り1割が欠けていた新選組のイケメン隊士

古来「襤褸(ボロ)を着てても心は錦」などと言いますが、見た目が悪いとその内面を知ってもらうことすらま…

『プロ野球初の外国人選手』 スタルヒンの野球人生 ~300勝投手の謎の死

日本プロ野球界初の外国人選手であるヴィクトル・スタルヒンは、191センチの長身から投げ下ろす160キ…

シリーズ最高傑作『三國志13』の楽しみ方 ~キャラゲー編~

シリーズ30周年に相応しい最高傑作プレー歴はそれなりに長いが攻略作品は5作のみと、範囲は…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP