調べてみた日本史

  1. 秀吉は薩摩人で明智光秀は二人いた? 明史-日本伝 【中国から見た秀吉と信長】

    はじめに1590年(天正18年)、長きに渡る戦国乱世を終わらせた天下人豊臣秀吉は、世界の覇者となるべく中華の地を治める大明帝国征服を目指します。1592年(天正20年)に軍備を整えた秀吉は約16万の軍勢を出撃。文禄・慶長…

  2. 蘇我氏にまつわる謎を探る! 石積みの方墳「都塚古墳」の被葬者は誰だ?

    石舞台古墳の南東に存在する都塚古墳飛鳥時代前期の大権力者といえば、蘇我馬子の名が挙がるこ…

  3. 【高天神城の戦い】本多忠勝と榊原康政、首級を多く上げたのはどっち?『信長公記』によると……【どうする家康】

    NHK大河ドラマ「どうする家康」、皆さんも楽しんでいますか?徳川家康(演:松本潤)の元には多…

  4. 手紙から覗える伊達政宗の親子関係 「1000通以上の手紙が現存、超筆マメな人物だった」

    いつの時代でも、親子関係は難しい。考え方や思想の違いは、親子関係でさえ断絶を招く事態さえ…

  5. 【どうする家康】「本能寺の変」の当日、家康はどこにいたのか?

    次のハイライトは「本能寺の変」先日放送された「どうする家康」では、築山殿と信康の壮絶な最期が描か…

  6. 幕末は戦国時代同様の下剋上状態だった? 将軍や藩主さえも殺されるかもしれない実情とは

  7. 家康にも秀忠にも嫌われた六男・松平忠輝 「ようやく家康に認められるも大坂の陣で大失態」後編

  8. 家康に忌み嫌われた異端児! 六男・松平忠輝 「文武に優れていたが素行が悪すぎた」前編

  9. 瀬名(築山殿)を自害に追い込んだ武田勝頼の哀れな最期とは?

  10. 松平信康は切腹。殺された瀬名は怨霊に?『松平記』より築山殿事件をたどる【どうする家康】

  11. 長男・信康の死から学んだ家康の子育て術 「子は若木のように育てよ」 〜聞く力を身につけた秀忠 【どうする家康】

おすすめ記事

上杉鷹山について調べてみた 【米沢の名君】

越後の虎こと上杉謙信の没後、上杉景勝の治世。天下分け目の合戦が関ヶ原で行われ、景勝は徳川家康…

3代執権・北条泰時も頼りにした大金持ち達〜 有徳人とは?

1230年(寛喜2年)~1231年(寛喜3年)にかけて大飢饉が起こった。鎌倉時代を通し最大の…

諸葛孔明の北伐はいかに難しかったか【祁山と登山家馬謖を考察】

北伐の鍵となった祁山とは三国志終盤の中心となる蜀の北伐だが、読んでいると「祁山」(きざん…

オーストラリアの真夏のクリスマスはどう過ごしているのか? 「クリスマス・イン・ジュライ」

雪が降り頻るなか、トナカイが引くソリに乗ったサンタクロースがプレゼントを届けに街にやってくる…

モンゴルのトゥス・キーズと韓国のポジャギ 「母の愛を改めて知るアジアの装飾文化」

その国の装飾文化を伝える手法といわれる刺繍や伝統技法には、色彩で表現される美しさや、良縁や健…

神功皇后 〜日本神話の中でも指折りの女傑【住吉大社祭神】

日本神話の中でも指折りの女傑として登場する、 神功皇后 (じんぐうこうごう)そんな神功皇后は…

江戸時代の武士の仕事について調べてみた

私たちが持つ武士のお仕事の印象※町を行く江戸時代の武士たち。左から2人目と4人目が武士。山東…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP