調べてみた大正&昭和
-
明治・大正・昭和の天皇陵は、なぜ上円下方墳なのか?御陵に隠された驚くべき真実とは
明治天皇陵の規範は「天智天皇陵」だった1926(大正15)年10月、皇室の陵墓に関する法令である「皇室陵墓令」が公布された。陵墓をめぐる制度としては、701年(大宝元年)に制定された大宝律令に喪葬令があるものの、その後何…
-
『日本政府の中枢にいたソ連スパイ』死刑になった新聞記者・尾崎秀実とは ~ゾルゲ事件
尾崎秀実(おざき ほつみ)は、日本人ジャーナリスト兼評論家でありながら、ソ連のスパイとしても…
-
やなせたかし、上京の裏にあった「女を追いかけて行くのか?」という批判の声 ※あんぱん
『月刊高知』編集部でともに働くうちに惹かれ合い、恋人同士となったやなせたかし氏と小松暢さん。…
-
「伝説の舞姫が迎えた、あまりに悲しい最期」浅草オペラの女王・澤モリノ
大正時代、人々を熱狂させ絶大な人気を巻き起こした芸能・浅草オペラ。そんな浅草オペラが盛んな頃…
-
「出れば米兵に殺される」恐怖が招いた集団死 〜沖縄チビチリガマの悲劇とは
沖縄本島中部に位置する読谷村(よみたんそん)は、座喜味城跡などの歴史遺産や美しいビーチに恵まれ、観光…
-
朝ドラでは“ぼんくら社員” 史実のやなせたかしは有能編集マンだった ※あんぱん
-
やなせたかし氏と小松暢さんのなれそめ「一目ぼれだった、突然のキス」※あんぱん
-
やなせたかし氏の妻・小松暢は高知新聞社の「伝説の婦人記者」だった
-
『戦時下の元祖アイドル』戦争に行く若者たちを励まし続けた「明日待子」の生涯
-
やなせたかしの弟・千尋はなぜ戦死したのか?駆逐艦呉竹の悲劇【あんぱん】
-
やなせたかし氏の過酷な戦争体験とは「戦争は狂気です」1000キロ行軍