調べてみた

  1. 明治維新後の勝海舟 【福沢諭吉からは嫌われていた】

    忠臣か変節漢か勝海舟(かつかいしゅう)と言えば坂本龍馬の師であり、幕臣として西郷隆盛との歴史的な会談を成功させて江戸城の無血開城を実現した人物としてよく知られています。しかしその癖のある性格故か批判にさらされることも多く…

  2. 若い頃はテロリストだった伊藤博文

    テロに倒れた政治家 伊藤博文伊藤博文(いとうひろぶみ)は、初代内閣総理大臣として日本の歴…

  3. 日本の税金は「弥生時代」から始まった

    庶民にとっては頭の痛い税金。近年の日本では消費税10%を始めとしてあらゆる税金が上が…

  4. 平家討伐「第一の矢」を放った佐々木経高。北条泰時が見届けたその壮絶な最期が泣ける【鎌倉殿の13人】

    ……經高者進於前庭。先發矢。是源家征平氏最前一箭也。【読み】経高は前庭に進み先ず矢を発つ。こ…

  5. 犬公方・徳川綱吉は本当に暴君だったのか? 【後編】

    「生類憐れみの令」発布のいきさつ今回は前編に引き続いて後編である。綱吉には徳松という跡継…

  6. 犬公方・徳川綱吉は本当に暴君だったのか? 【前編】

  7. ティラノサウルス「スー」は誰のもの? 【化石が不動産とみなされ土地所有者に8億円】

  8. 【鎌倉殿の13人】大河ドラマには登場する?源頼家の側近・和田朝盛がたどった生涯

  9. 【暗殺を得意とした謀将】 宇喜多直家の暗殺ライフ

  10. 石川数正はなぜ家康を裏切ったのか? 【5つの説】 後編

  11. 石川数正は なぜ家康を裏切ったのか? 【戦国屈指のミステリー】前編

おすすめ記事

徳川秀忠【徳川2代目将軍】―意外に実力者だった―

ここでは、1605年から江戸幕府2代目将軍になった徳川秀忠について取り上げる。まず、…

日本に「衛生」という言葉を定着させた医師~ 長与専斎

江戸時代の後期に、当時未知の病気だった天然痘(てんねんとう)に緒方洪庵(おがたこうあん)とい…

斎藤道三の成り上がりの生涯【最後は息子に殺された下剋上大名】

下剋上の代表的な武将 斎藤道三戦国時代の下剋上の代表的な大名は「斎藤道三」と「北条早雲」…

【イギリス王室の始祖は海賊の子孫だった】英語も話せなかった「ウィリアム征服王」

現代にまで続くイギリス王室を開いたウィリアム1世は「征服王」の異名を取り、当時のイングランドに封建制…

日本が核武装をするべきではない理由とは?「安全保障のジレンマ」から考える

近年、日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増している。中国やロシアの軍事力増強、北朝鮮の核開…

武田勝頼は愚将ではなかった? 信長・家康・謙信からの評価とは

天正10年(1582年)3月11日、甲斐天目山にて武田勝頼主従が自刃。ここに戦国大名としての武田家は…

坂下門外の変【厳重な警戒の中で失敗した水戸藩士らの襲撃テロ】

桜田門外の変の二番煎じ「坂下門外の変」(さかしたもんがいのへん)は江戸城の坂下門外におい…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP