徐福

  1. 中国統一後の始皇帝と秦王朝の滅亡までについて調べてみた

    今から2,200年前、七つの国が覇を競う中国を初めて統一した人物が現れた。秦の始皇帝である。史上初めて「皇帝」を名乗り、今にいたる巨大国家「中国」の礎を築いた始皇帝。しかし、その権勢の絶頂期には早くも崩壊の足音が忍び寄ってい…

  2. 仙人になる方法について調べてみた

    西洋由来の「アンチエイジング(anti-aging)」などという横文字が、平成の世ではもてはやされて…

おすすめ記事

信長の女遊びを叱った柴田勝家の過激な諫言方法とは 「信長は美人をさらっていた?」

柴田勝家とは柴田勝家とは、織田信長の宿老筆頭として天下布武を支え、「鬼柴田」「かかれ柴田…

【戦国時代】 武士が過剰に気にした合戦前の『吉凶』とは 「女に近づいてはならぬ!」

戦国時代はただでさえ戦が多かったうえに、家臣に謀反を起こされる、同盟が覆されるなど、裏切りも…

始皇帝と呂不韋の関係性とは? ~太后に男をあてがい失脚【漫画キングダムから中国史を学ぼう】

前回の記事「【漫画キングダムから中国史を学ぼう】始皇帝(嬴政)の出生に関する謎にせまる」では、始皇帝…

【光る君へ】 道長の陰謀?「光少将」藤原重家が出家した理由とは

平安時代、娘たちを次々と入内させて皇室の外戚となり、権力の絶頂を極めた藤原道長。もちろんその…

明治の「写真映え美人芸妓」千代葉とぽん太。愛と嫉妬に翻弄された美貌の代償

明治から大正にかけて、有名な芸妓がたくさん誕生しました。当時の彼女たちの写真を見ると、令和の…

WordPressにアクセスカウンターを設置

今まではFC2のカウンターを使っていたが、WordPress用のプラグインでCount per …

劉備の旗揚げから苦楽を共にした「古参の悪友」簡雍はかく語りき【三国志】

私事で恐縮ですが、筆者(角田)はよく苗字を「かくた」と読み間違えられてしまいます。あるいは「すみだ」…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP