毛利氏

  1. 関ヶ原の戦いで西軍が負けたのは毛利家のせい?毛利輝元はなぜ戦わなかったのか

    関ヶ原の戦いは、石田三成が率いた西軍と、徳川家康が率いた東軍との決戦、というイメージが一般的である。しかし、石田三成は西軍の総大将ではない。名目上、西軍の総大将に据えられていたのは、毛利家当主の毛利輝元であった。実際…

  2. 関ヶ原敗戦後も断絶を免れた毛利家、その鍵を握った『両川体制』とは?

    毛利元就が築き上げた中国地方の覇者・毛利家。その後、孫の輝元は「関ヶ原の戦い」で西軍の総大将…

  3. 幕末は戦国時代同様の下剋上状態だった? 将軍や藩主さえも殺されるかもしれない実情とは

    大きな戦乱のない安定した政権を維持した江戸幕府1603(慶長8)年の開府以来、260年以…

  4. 【戦国史上最悪の籠城戦】 秀吉の鳥取城渇え殺し 〜「死肉を奪い合う城兵たち」

    秀吉三大城攻め戦国一の出世頭といえば豊臣秀吉ですが、彼は城攻めに長けており生涯多くの敵城を攻め落…

  5. 秀吉の天下を10年前に予測していた・安国寺恵瓊 【毛利輝元を担ぎ上げた罪で斬首された僧侶】

    関ケ原に敗れた 安国寺恵瓊安国寺恵瓊(あんこくじ えけい)は、慶長5年(1600年)の関…

  6. それでも鎌倉武士なの!?妻の言葉で大きく変わった毛利季光の運命【鎌倉殿の13人 後伝】

  7. 「細かすぎる戦国大名」 毛利元就のエピソードや逸話

  8. 毛利秀元 「徳川家康も震え上がった?天下分け目の関ヶ原合戦で見せた執念」

  9. 井上元兼の憂鬱 「有能すぎて毛利元就に滅ぼされた戦国武将」

  10. 織田水軍VS毛利水軍~木津川口の戦い 【信長の鉄甲船】

  11. 毛利元就 〜孤児から西国の覇者となった天才策略家【三本の矢の話は創作か】

おすすめ記事

斎藤道三の成り上がりの生涯【最後は息子に殺された下剋上大名】

下剋上の代表的な武将 斎藤道三戦国時代の下剋上の代表的な大名は「斎藤道三」と「北条早雲」…

【神風特攻隊】フィリピン沖で壮絶な最期を遂げた至誠隊隊長・團野功雄。その英霊は鎌倉に眠る【大東亜戦争】

鎌倉市の北、山間に包まれるように建つ龍寶寺(りゅうほうじ)。戦国大名・後北条氏の菩提寺として…

【イスラム教の合理性】なぜ一夫多妻制を認めるのか?「豚肉食、偶像崇拝禁止の理由」

イスラム教は、日本から見ると地理的にも文化的にも遠い存在であり、一夫多妻制や食事の制限など、…

古代ローマにも「トイレの神様」がいた 〜世界の便所に関する神話と伝承

排泄とは、体内に生じた不要な物質を外へと排出する、生物にとって欠かすことのできない営みである…

一粒万倍日とは?「2024年9月以降の一粒万倍日と、天赦日が重なる最強開運日」

「本日はお日柄もよく……」のお日柄は、「日の良し悪し」を意味する言葉です。古くから暦には、そ…

【暗殺に次ぐ暗殺で権力を得た腹黒親子】 北条時政と義時 ~後編

時政の闘争の顛末北条時政は、三代将軍・実朝の執権として幕府の実権を握った。しかし…

【京都歴史散策】豊臣秀吉の京都再開発で誕生した「寺町」の歴史ある寺社を巡る

豊臣秀吉の京都都市計画で生まれた寺町寺町通(てらまちどおり)は、京都市の通りの一つ。現在…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP