戦国時代

有能すぎて毛利元就に滅ぼされた?戦国武将・井上元兼の憂鬱

乱世の風雲吹き荒れた戦国時代、その主役は野心に燃える大名のみならず、彼らの覇業を助けた家臣たちでもありました。

その中でも、特に活躍した武将たちについては人々から称えられ、後世一まとめのグループとして親しまれている事例も多くあります。例えば徳川四天王、賤ケ岳七本槍、武田二十四将などが有名ですね。

中国地方の覇者となった毛利元就(もうり もとなり)の下にもそうした優秀な武将たち(毛利十八将)がおり、毛利家に縁の深い土地では、彼らの絵姿(座備図-ざそなえず)を床の間に飾る習慣があるそうです。

毛利元就座備図。Wikipediaより。

毛利博物館(山口県防府市)に所蔵されている毛利元就座備図を見ると、毛利元就とその嫡男である毛利隆元(たかもと)、そして嫡孫の毛利輝元(てるもと)のほか、18名の名将たちがずらり勢ぞろい。

せっかくなので、毛利十八将をリストアップしていきましょう。

頬杖をついた、眠そうな武将

毛利十八将
小早川左衛門佐隆景(こばやかわ さゑもんのすけ たかかげ。元就の三男)
吉川駿河守元春(きっかわ するがのかみ もとはる。元就の次男)
宍戸安芸守隆家(ししど あきのかみ たかいえ)
吉見大蔵大輔正頼(よしみ おおくらだいゆう まさより)
天野紀伊守隆重(あまの きいのかみ たかしげ)
桂能登守元澄(かつら のとのかみ もとずみ)
兒玉三郎右衛門就忠(こだま さぶろうゑもん なりただ)
福原出羽守貞俊(ふくはら でわのかみ さだとし)
口羽刑部少輔通良(くちば ぎょうぶのしょうゆう みちよし)
栗屋備前守元秀(くりや びぜんのかみ もとひで)
国司右京亮元相(こくし うきょうのすけ もとすけ)
志道上野介広良(しどう こうずけのすけ ひろよし)
熊谷伊豆守信直(くまがい いずのかみ のぶなお)
栗屋掃部介元眞(くりや かもんのすけ もとざね)
赤川左京亮元助(あかがわ さきょうのすけ もとすけ)
渡邊太郎佐衛門尉通(わたなべ たろうざゑもんのじょう とおる)
井上河内守元兼(いのうえ かわちのかみ もとかね)
飯田二郎四郎元親(いいだ じろうしろう もとちか)

こうして並べてみると、毛利家に代々伝わる「元」の字を名前に授かった者が多く(7名)、主従の強い絆が感じられますね。

どの顔を見ても戦国武将らしい風格を湛えていますが、その中に一人だけ、風変りな武将が気になりました。

毛利家臣団の片隅(最も左下)で立て膝に頬杖をついて、その表情もどこか眠そうと言うか、アンニュイと言うか……そんな一癖ありそうな彼こそは、井上河内守元兼。

井上河内守元兼。ちょっとお疲れのご様子?

ふつう、武将の絵は少しでもカッコよく、堂々と威厳ある姿を描くものですが、あえてこのポーズにしたのは、何か理由がありそうです。

そこで今回は、毛利十八将の一人・井上元兼の生涯をたどってみたいと思います。

毛利家4代に仕えた名臣

井上元兼は安芸国(現:広島県西部)の国人・井上河内守光兼(かわちのかみ みつかね)の子として、文明18年(1486年)に安芸天神山城(現:安芸高田市)で生まれました。

幼名は源太郎丸(げんたろうまる)。父と同じ名乗りだったため、恐らく河内守と同じく、井上家の跡取りが代々襲名していたのでしょう。

井上家は清和源氏の流れをくむ信濃国(現:長野県)の名族で、南北朝時代(14世紀ごろ)に安芸国へやって来て土着。毛利氏とは盟友関係にあったそうですが、元就の父・毛利弘元(ひろもと)の代に臣従するようになります。

「御屋形様。畏れながら本件の予算については、あちらから財源を回されてはいかがかと……」

財政分野に才能を開花させた元兼(イメージ)。

弘元の傍近くに仕えて、その領国経営を見ていたためか、財政分野で才能を開花させた元兼は、弘元の死後も毛利興元(おきもと。元就の兄)、毛利幸松丸(こうまつまる。興元の嫡男)、そして元就(※)と毛利家を代々支え続けたのでした。
(※)元就の家督相続にも貢献しており、大永3年(1523年)に元就に家督を継ぐよう要請した宿老15名にもその名を連ねています。

息子の源五郎(げんごろう。井上就兼)と源蔵(げんぞう。井上就澄)の元服に際して「就」の字が与えられていることからも、篤い信頼を寄せられていたことがわかります。

さて、財政を制するものは事業を制す……という訳で元兼は毛利家中で元就の右腕としてその存在感を高め、やがて元就と同じかそれ以上の影響力を発揮していきました。

「今や元兼なくして毛利なし」

「毛利のことなら、元就よりも元兼に聞け」

元就がまだ若かった内は仕方ないものの、次第にものが分かるようになってくると、元兼に担がれているだけの状態に飽き足らなくなってきます。

時に、元兼の三男・弥次郎(やじろう。井上光利)は「就」の字を与えられていませんが、主従の関係が徐々にギクシャクしはじめた時期以降の元服(※)と考えられます。
(※)井上光利は天文6年(1537年)に嫡男の弥左衛門(やざゑもん。井上利宅)を授かり、天文13年(1544年)7月に山陰の雄・尼子(あまご)氏との合戦で討死してしまいました。

「このままでは、御家を乗っ取られかねない。今の内に先手を打って、井上一族を滅すべし!」

「いかにも、永年毛利家を壟断(ろうだん)せし罪、万死をもって贖わしむべし!」

井上一族の粛清(イメージ)。

かくて天文19年(1550年)7月13日、井上一族は「専横」看過しがたき咎をもって粛清の憂き目にあい、元兼は65歳の生涯に幕を下ろしたのでした。

エピローグ

【粛清された井上一族】
一、井上元兼
一、井上就兼
一、井上就澄
一、井上元盛(もともり。元兼の叔父)
一、井上元有(もとあり。元兼の叔父)
一、井上就勝(なりかつ。元有の子で元兼の従弟)
一、井上元重(もとしげ。元兼の叔父)
一、井上就義(なりよし。元重の子で元兼の従弟)……など30余名。

これによって井上一族は大きく力を削がれることとなりましたが、元兼の父・井上光兼は高齢(当時88歳)のため赦免、また討死した元兼の孫・井上利宅(としいえ)も一時は逃亡したものの、後に帰参し、命脈を保ちました。

確かに元兼はじめ井上一族には横柄な振る舞いもあったようですが、それは永年にわたり経営管理の難仕事を一手に引き受け、毛利家を支えて来た自負によるところも大きく、一方的に責めるのもいかがなものでしょうか。

実際、井上一族の専横に関する史料はその多くが粛清から10年以上の歳月を経て思い出すように書かれており、粛清を正当化するため、少なからず脚色されている可能性も否定できません。

「永年、毛利家を壟断してきたと言うが、それならみんなも(経営管理を面倒がらず)協力して欲しかった……」

代えが利かないオンリーワンの人材であったがゆえに権力が過度に集中し、恐れられた(あるいは妬まれた?)挙げ句に滅ぼされてしまった元兼はじめ井上一族。

「やれやれだぜ」

(……ま、それも武士の奉公ってモンさ)

元兼の生涯を振り返ってから、改めて肖像画を見ると、ある種の達観というか諦観というか、実に何とも言えない感情が湧き起こってくるのは、きっと筆者だけではない筈です。

※参考文献:
池享『知将 毛利元就~国人領主から戦国大名へ』新日本出版社、2009年2月
三卿伝編纂所 編『毛利元就卿伝』マツノ書店、1997年5月

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角田晶生(つのだ あきお)

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コメント

  1. アバター
    • 名無しさん
    • 2021年 4月 04日

    小早川左衛門佐隆景(こばやかわ さゑもんのすけ たかかげ。元就の弟?)
    吉川駿河守元春(きっかわ するがのかみ もとはる。元就の弟?)
    林?能登守元澄(はやし? のとのかみ もとずみ)

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