浅野長矩

  1. 逆から見た忠臣蔵 「吉良上野介は本当に悪者だったのか?」

    今から約320年前の元禄15年(1702年)12月15日、大石内蔵助率いる赤穂浪士・四十七士が江戸本所にあった吉良邸に討ち入り、主君の仇である「高家肝煎(こうけきもいり)・吉良上野介(きらこうずけのすけ)」を討ち取った。この仇討ち事…

  2. 堀部安兵衛について調べてみた【赤穂浪士の最強の剣豪】

    はじめに忠臣蔵とは、赤穂浪士四十七士の討ち入り事件の総称として用いられている。赤…

  3. 浅野内匠頭について調べてみた【赤穂浪士たちが忠誠を尽くした藩主】

    忠臣蔵という時代劇はご存知だろうか。主君の仇を討つため藩をお取り壊しになった家臣たちが無念を晴ら…

おすすめ記事

山県昌景【元祖赤備えを率いた最強武将】

山県昌景 赤備えの武名山県昌景(やまがたまさかげ)は甲斐武田家の信玄・勝頼の父子2代にわたっ…

江戸を無血開城した勝海舟「本当はバリバリの抗戦派だった?」

文武両道の英才であった勝海舟山岡鉄舟・高橋泥舟とともに「幕末の三舟」と呼ばれる勝海舟。…

戦国武将たちが好んだ食事とは? 【信玄・謙信・信長が食べた戦国勝負飯】

戦国時代、合戦に明け暮れた全国の戦国武将たち。その中でも最強と謳われたのが「甲斐の虎・武田信玄」と「…

北条早雲 56歳から乱世に身を投じた天才武将【戦国時代最初の大名】

人生50年といわれた時代。その男はもはや老人といっていい年代だった。僧となっていた男は、56…

ステイホームのお供にいかが?豆板醤づくりに挑戦してみた【初心者でも簡単】

梅雨の時期を前に、そら豆が手に入ったので、かねて念願だった豆板醤(トウバンジャン)の手づくりに挑戦し…

「ブギウギ」松竹楽劇団の解散 ~戦時中「敵性歌手」のレッテルを貼られた笠置シヅ子

戦局が激しさを増す中、梅丸楽劇団の舞台には、「挙国一致」や「堅忍持久」などのスローガンが並べられ、警…

『北海道は侵略される寸前だった?』中止されたソ連の北海道侵攻計画とは

第二次世界大戦の終戦間際、ソビエト連邦(ソ連)が北海道に侵攻する計画を立てていたという話は、歴史の裏…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP