源義経

  1. なぜ源義経は頼朝の命令に逆らって短期決戦に臨んだのか?

    はじめに兵庫県神戸市一の谷、今からおよそ800年前、この山中の断崖絶壁で伝説の奇襲作戦が行われた。時は源平争乱の最中、急峻な崖から駆け下りた源氏勢が平氏勢を打ち破った「鵯越(ひよどりごえ)の逆落とし」である。それ…

  2. 源義経の「鵯越の逆落とし」の場所はどこだったのか?

    一の谷の合戦寿永2年(1183年)「源頼朝の9番目の弟が上洛しようとしているらしい」「本名は分か…

  3. もはや日本に収まりきらぬ!悲劇の英雄・源義経がチンギス・ハーンとなるまでを語る「源義経の歌」を紹介

    源義経(みなもとの よしつね)と言えば、日本史上でもトップクラスのスーパースター。天性の才能…

  4. 天才軍略家・源義経に欠けていたもの…『平家物語』逆櫓論争エピソードを紹介【鎌倉殿の13人】

    源平合戦のヒーローと聞いたら、多くの方が思い浮かべるであろう源義経(みなもとの よしつね)。…

  5. 北海道 積丹町の神威岬に行ってみた 「源義経とチャレンカの伝説」

    源義経とチャレンカの悲しい恋の物語と呪いの伝説今回、私が旅をしたのは北海道にある積丹半島。…

  6. 「いい国作ろう鎌倉幕府」はもう古い!歴史教科書の今と昔

  7. 平氏最強の武将・平教経「源義経が八艘飛びで逃げ出した猛将」

  8. 源義経の伝説【剣豪であり優れた兵法家】

  9. 源頼朝は伊豆の流人からどうやって将軍になれたのか?

  10. 鬼一法眼について調べてみた【日本の剣術の神】

  11. 武蔵坊弁慶は実在したのかどうか調べてみた

おすすめ記事

【3回見たら死ぬ絵】 終焉の画家・ベクシンスキーの芸術遍歴 〜「音楽、映画、建築、写真、彫刻」

ポーランドの芸術家・ズジスワフ・ベクシンスキー(1929~2005)は、「終焉の画家」「滅びの画家」…

【最下層の踊り子から皇后へ】東ローマ帝国を救った「伝説の女帝」テオドラ

6世紀の東ローマ帝国で、劇場の踊り子として生計を立てていた女性が、皇后の座に就きました。…

【親友・斎藤利三の遺骸を刑場から強奪】 海北友松の生涯 〜『雲龍図』を描いた槍の達人

建仁寺方丈にある8幅の襖絵 『雲龍図』京都の代表的な花街・祇園。その北側に、日本最古の禅…

毛沢東は、いかにして「神」と崇められる存在になったのか

毛沢東という人物毛沢東(もうたくとう)は、中華人民共和国の建国者として知られる。…

闇に消えた旧日本軍の隠し財産【隠退蔵物資】~国家予算の4倍の物資はどこへ?

敗戦後、日本国中だれもが空腹を抱えていた1946年1月22日、東京板橋区の陸軍倉庫から大豆380俵、…

本多正信 【家康から友と呼ばれるも周りから嫌われた軍師】

本多正信とは戦国時代の覇者・徳川家康には本多正信(ほんだまさのぶ)と言う優れた軍師がいた。…

石田三成は、なぜ嫌われていたのか? 「頭脳明晰で他人に優しく忠義に厚いのに疎まれる」

石田三成とは石田三成とは、一体どういった人間だったのか?今回は幾つかのエピソード…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP