袁紹

  1. 1年間で4回も改元!?『三国志』の黎明期、混乱を極めた中平六年を振り返る

    日本で最も短い元号は、鎌倉時代中期、暦仁(りゃくにん)の74日。命名の出典は中国二十四史の一つ『隋書(ずいしょ。音楽志下)』にある「皇明馭暦、仁深海県(こうめいれきをぎょし、じんはかいけんにふかし)」【意訳】賢明な君主は天地の巡り(…

  2. 董卓の最期【三国志正史と演義で大きく違う反董卓連合軍】

    正史と演義で大きく違う反董卓連合軍三国時代序盤の西暦190年、洛陽で暴政を行う董卓(とう…

  3. 三国志の名門「袁家」はなぜ滅亡したのか?【袁紹の死と後継者問題】

    袁紹の死と袁家の滅亡三国時代の202年、次世代の天下人と目された当代屈指の英雄、袁紹(えんし…

  4. 袁紹とは【天下に最も近かったが好機を逃した男】

    後漢を代表する名門袁家の御曹司数多の群雄が現れては消えた後漢末期、最も天下に近い男と目さ…

  5. 【曹操vs袁紹】天下分け目の官渡の戦い

    後漢の方向性を決定付けた 官渡の戦い三国志で赤壁の戦いとともに有名なのが官渡の戦い(かん…

  6. 沮授(そじゅ)は実はキレキレの天才軍師だった【正史三国志】

  7. 袁紹は、なぜ勢力を拡大できたのか? 【三国志正史を読み解く】

おすすめ記事

『古代中国』自らを天才と勘違いして大敗北した将軍 ~味方の兵士40万人が生き埋めに

名将の子として生まれた趙括趙括(ちょうかつ)は、中国戦国時代の趙の将軍であり、名将として名高い趙…

小栗仁右衛門 ~「柔術と剣術を合わせた小栗流の祖」龍馬も学んだ剣

小栗正信(仁右衛門)とは徳川家康に小姓として仕え幕臣・旗本となった小栗 仁右衛門(おぐり にうえ…

柳生宗矩 ~剣豪から大名となった武将

徳川への仕官柳生宗矩(やぎゅうむねのり)は、徳川将軍家の兵法指南役を務め、大和柳生藩初代…

【作品との落差が酷すぎる男】 石川啄木の破滅的すぎる性格と優れた歌とのギャップ

石川啄木といえば、貧しさや家族愛の歌を多く残した天才詩人です。100年以上前の作品ですが、今…

石田三成は、なぜ家康に敗れたのか? 「関ヶ原で敗れた3つの理由と、石田三成暗殺未遂事件」

徳川家康と石田三成の対立徳川家康と石田三成は、元々対立をしていたわけではなかった。…

後鳥羽上皇はなぜ「承久の乱」を起こしたのか?

朝廷と幕府承久3年(1221年)後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)が、鎌倉幕府執権の北条義時(ほうじ…

「共謀罪」について分かりやすく解説

2017年6月15日未明、参議院本会議においてある法案が成立した。「テロ等準備罪」を新設する…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP