高坂昌信

  1. 伝わることが何より大事!武田二十四将・高坂弾正が『甲陽軍鑑』に記した思い

    こういう人、職場とかにいませんか?「キミ、報告書のこの表現なんだけど……」例えば「AおよびB」を「A及びB」に直せとか、「分かっている」を「解って(理解して)いる」や「判って(判別できて)いる」と言ったニュアンスを含めた表現…

  2. 高坂昌信と甲陽軍鑑 【武田氏の歴史を今に伝えた武将】

    武田信玄、武田勝頼父子に仕えた武田家の譜代家老、春日虎綱(かすがとらつな)は、高坂昌信(こうさかまさ…

おすすめ記事

日本の城の数はいくつある? 構造や種類についてわかりやすく解説

城は天守だけが主役のように感じていませんか?天守の脇役のようにしか思っていなかった櫓…

うなぎを食べると本当に精がつくのか調べてみた 【栄養、効果】

土用の丑の日はうなぎを食べる。 平賀源内がうなぎ屋の宣伝として考えたという話は有名だ…

【鎌倉殿の13人】現場の苦労も知らないで…源実朝を痛罵した歴戦の勇士・長沼宗政のエピソード

「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」いつかどこかで聞いた名ゼリフ。現場のこ…

2000年前の女性貴族の墓から発見された「恥ずかしい健康法」とは

前漢の繁栄と女性貴族「辛追」いまからおよそ2000年前、中国大陸は前漢王朝の最盛期にあった。…

【インド初の女性首相】インディラ・ガンディー

インディラ・ガンディーとはインディラ・ガンディー(1917~1984)は、インドの第5代…

パリの社交界を魅了した「フランスの高級娼婦たち」 〜貴族を虜にしたクルチザンヌとは?

19世紀後期のフランス、パリ。そこは光と影が交差する都市でもあった。芸術家たちはカフェで議論…

菅原孝標女はオタク女子だった?『更級日記の作者』

菅原孝標女とは菅原孝標女(すがはらのたかすえのむすめ・1008~1059?)は、平安時代…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP